公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
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いまさら始まったことではないのだが、少子化で学校はどんどん減っていっている。
行政の目から見ると、財政難の中、教育予算のやりくりは本当に厳しいのが現状だ。

学校を最低限維持するのに必要な経費は、生徒の人数が100人でも10人でも大差ない。
たとえば教室の蛍光灯にかかる電気代は、教室の中に40人いても1人でも同じ。
「今年は生徒数が少ないから、教室もトイレも明かりなしで我慢してね」では困る。

プールにしたって、10人でも500人でも水道代やポンプを動かす電気代は同じ。
運動場も、生徒数が少ないからといって、バレーコート一面分だけ残して、あとは市営駐車場に改修するわけにもいかない。草ボーボーで放置もできない。

一番金のかかる人件費、つまり教員数も、中学校なら最低各教科1人はほしいところだ。
3クラスしかないから教師3人ではダメなのだ。実際は、全教科の教師がそろっていない
学校はいくらでもあり、免許のない専門外の教科を仕方なく教えるのは珍しくもない。
しかし、ある程度教師の頭数はそろわないと、まともな業務はできない。
たとえば、1クラス20人を修学旅行などの宿泊行事に散れて行くのに、最低でも男女各1名の教師は必要だ。男の先生ばっかりでは都合の悪いこともある。校長と養護(保健室の先生)もついて行くのが普通。

例を挙げていくときりがないのだが、とにかく学校というところは、生徒の人数が少なくなるほど、コストパフォーマンスが低下するもので、財政難の地方自治体にとっては、生徒数の減った
学校を抱えているのは頭の痛い問題なのである。

というお話を前提として、今回は、中高一貫校、耐震補強工事、学校選択制について、
学校ではなく行政側の視点で、ちょっと語ってみる。

四川省の大地震を例に挙げるまでもなく、学校の耐震補強工事は急務だ。
東海、南海、東南海地震に対する備えについても、俺がわざわざ語る必要もない。
避難所にも指定されている学校の校舎が倒壊しては、お話にならない。
だからこんなニュースも素直に頷くことができる。

耐震危うい学校に補助拡充 自民議連が法案提出へ (2008年05月21日 朝日新聞)
 政府は08年度予算で学校耐震化工事のために約1150億円を計上している。しかし、1校で1億円以上かかることもあり、多くの自治体は財政事情などを理由に工事を見送っているのが実情だ。

 文科省によると、公立小中学校の校舎約13万棟のうち、昨年4月現在で耐震性がないと判断されたのは約4万5千棟。このうち1万9343棟で本格的な耐震診断を実施。その22%に当たる4328棟は構造耐震指標(Is値)0.3(耐震強度0.5に相当)未満で、大規模地震で倒壊の可能性が高いという。
(*一部引用)

お金がなくて耐震工事ができない、だから国の補助を増やそうという結構な法案だ。
国庫補助率を現在の2分の1から3分の2に引き上げ、地方交付税措置も拡充。
いくつかの自治体と学校は、これで救われるだろう。
しかしそれでもどうにもならない自治体だってある。
ではどうするのか。

耐震補強工事が学校をつぶす理由になる

生徒が減っていずれ廃校になるのが目に見えている学校に、何千万何億の予算は組めない。
この際だから、大地震がこないうちに早めに統廃合しておこう、というわけだ。
たとえ工事が必要でも、統合した学校になら、コストパフォーマンス的にもベターである。
なにしろ生徒の命を災害から守るという錦の御旗があるから、心情的に意義を唱えるものは少ないだろう。

次、公立の中高一貫校。これも一言では語れないほど全国で様々な現状が入り乱れている。
純粋に新しい教育的な試みとして、建設的な取り組みをしている学校もあるし、鳴り物入りで蓋を開けたが、中身はなんだかなあになっているところもある。
そして、

中高一貫校は予算削減の切り札にもなる

中学校同士の統廃合ではなく、高校への吸収合併。行政にとって有難い選択肢のひとつだ。
表向きは発展的解消なのだから、たとえその内情が予算削減メインであってもかまわない。
いれものを用意して人間を放り込んでおけば、あとは現場の教師がなんとかするだろうと(笑)

三つ目は学校選択性。

生徒に入学する学校を選択させることで学校どうしを競わせて、質の向上を図ろうというのが、学校選択性の表向きの狙い。競争原理の導入で公教育がよくなるというわけだ。
もっとも私学では、昔から、お客様である生徒獲得のために様々な方法でしのぎを削ってきたわけで、試験もなく無条件で地域の学校に入学できることが特徴だった公立とは、
そもそも一線を画している。義務教育の公立学校で実施することにこそ、選択性の
意味と新しさがある。

すでにあちこちの自治体で実施されているこの学校選択性が、今後どのような評価を受けるのかは、もう少し長い目で経過を見る必要があるのだが、実はこれ、行政の目で見ると、別の意味でおいしいところが隠されている。

少子化で学校が減ると、廃校になった校区の生徒にとっては、物理的な不便が増える。
通学距離が長くなるし、地方では、地域住民の交流の要となる学校が消滅すると、住民の生活様式そのものが変わることすらある。都市部でも、できれば自分の地域の学校は、廃校にして
ほしくないのが親の本音だろう

もちろん統合による利点もある。生徒にとっては、限られた狭い人づきあいから、
大人数の中で交流の可能性が広がる。学校設備や教師の数などもスケールメリットがある。
しかし、登校距離など物理的な不便は変わらない。近所の友達も少ない。

都市部で、少子化を迎えた同じようなふたつの学校の、どちらか1つを廃校にしなければ
ならない場合、どちらをとるかはなかなかに難しい。行政にしてみれば、廃校決定までに地域住民からの反対運動や、様々な調整がからんでくる。跡地の売却や転用などで、両者に明らかに
差がつかないとなると、なぜこちらの学校を廃校にするのか、明確な理由がいる。

そこで学校選択性ですよ

学校同士を競わせておけば、そのうち勝手にどちらかが不人気となり、生徒が減り、つぶれてくれる。
なぜその学校が不人気になったのか、教師の努力が足らなかったのか、結局は地域性によるものだったのか、そんな理由は、行政にとってはどうでもいいことだ。

とにかく学校選択性で生徒数の減った学校をつぶせばいいのだから、話は簡単だ。
つぶす理由となる数字が、生徒数としてはっきりでてくるのだから、ややこしくはない。
地域住民の反対? そんなもんはどうってことない。

だってその学校を選ばなかったのは地域住民ですから

行政は、自ら決断の采配を振るう手間が省ける。競争原理万歳である。学校選択性には
こんな便利な使い方もあるのだ。

中高一貫校とか学校選択性とか、こういう一見おいしそうな目新しいモノは、決して生徒や保護者だけの利益を考えて実施されているわけではない。
いろんな方面にとって、それぞれにおいしいところがなければ、いまどきやってられない。
これらの中に、教師にとっておいしいところがどこにあるのか良く分からないが、
せめて読者の保護者の皆様は、ご自分やお子様にとってのおいしい部分を、上手に利用していただきたいものだ。

大阪府の橋本知事も、教育予算削減にかけては強烈な采配を振るっている様子。
これについてはいずれまた別項で。


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自殺の是非についてここで語る気はないのだが、少なくとも車や電車に飛び込んだり、
ガス爆発で隣人を巻き添えにするような甘えた輩は、迷惑千万としかいいようがない。

だからと言って迷惑をかけない自殺を肯定するつもりもないのだが、最近は、妙に周囲に気を
配った自殺方法やら、みんなで仲良く道連れやら、首をかしげるようなのが目に付くように
なってきた。その中のひとつが、注意喚起用の張紙PDFまで存在する硫化水素自殺なのだが、
こうして学校に振られるとなると、無視するわけにもいかない。

どう教える?苦慮する学校 教科書に「硫化水素」実験紹介(2008.4.30 産経新聞)
 硫化水素による自殺が相次ぐ中、学校現場や教育委員会が対応に苦慮している。ガス発生の材料となる洗浄剤がトイレ清掃用として校内に常備され、硫化水素を発生させる実験を紹介している教科書もあるからだ。「危険性を教えなくてはならないが、逆に興味を持たれても…」。こうした懸念から、現場への通達を出すかどうか足踏みしている教育委員会も少なくない。

 29日にマンションで硫化水素自殺が起き、避難途中の女児(2)が転倒、軽傷を負う事故が発生した大阪府寝屋川市。30日に開かれた同市内の小中学校校長役員会では、児童、生徒への注意喚起をどう行っていくかが話し合われた。

 ただ、指導を行えば、好奇心の強い年代だけに逆に関心を持たせることになりかねない。市教委教育指導課の担当者は「何もしないわけにはいかないが、子供たちが変に影響を受けてしまっても…」。大阪府教委も「自殺などを助長することにもつながりかねない」として、市町村教委への通達を出すかどうかを決めかねている。

 ガスを発生させるトイレ清掃用洗浄剤の扱いに神経をとがらせている学校もある。

 23日に女子中学生(14)が硫化水素で自殺した高知県香南市の市立野市中は、洗浄剤をトイレの鍵のない用具入れに保管している。トイレ掃除は生徒が分担しており、当番の生徒たちが便器の洗浄に洗剤を使っている。谷村正昭校長は「勝手に持ち出せないよう今後、用具入れに鍵の取り付けを検討している」。使用時は教員が必ず立ち会うようさらに徹底するという。

 中学理科の複数の教科書は「物質の化合」の単元で、試験管の中で混ぜ合わせた鉄粉と硫黄の粉を加熱した後、塩酸を加えて硫化水素を発生させ、においをかいでみるという実験をイラスト付きで紹介している。

 「実験をする際の注意事項を確認したい」。東京都内の教科書会社には、これまでに中学校などから数件の問い合わせが寄せられた。

 教科書会社はイラスト中に記載している「換気を十分に」「深く吸い込まない」「発生する気体は有毒」などの注意点をあらためて説明しているが、「何十年も前から載せているスタンダードな実験。注意を守れば安全だが、『危ないからやるな』と文部科学省から指導が出るかもしれない」と戸惑う。教科書改訂時に、この実験を載せるかは決めていないという。

 香南市立赤岡中は2年生が11~12月ごろの授業で、教科書に沿って、この硫化水素発生の実験をする予定。実験にあたって、危険性をより丁寧に教えるなど指導内容を見直す方針だ。

 「どこの学校現場も頭を痛めているのでは」と宮地憲一校長。大阪府教委小中学校課の担当者も「指導の際には、どうしても自殺が起こっていることに踏み込まなければならない。どこまで教えるべきなのかは難しい問題」と話している。



読者の皆様も、中学生時代に理科の実験で経験したのではないだろうか。
硫化水素の名前は忘れても、あの強烈な臭さは一度嗅いだら忘れられないだろう。
アンモニアと共に、中学校の理科実験でダントツの激烈悪臭ツートップだ。

実験中は、理科室の前を通るだけで温泉のようなにおいがしてくるし、生徒たちは
「くっさーーー!!!」「おえーーっ!」などと大喜びしている。
しかし、悪臭であることは確かだが、その割には気分が悪くて倒れたという話もあまり
聞かないし、もちろんそれで死んだなどという話は聞いたことがない。
さすがに文部科学省も、生徒が死ぬような実験は教科書に載せないわな(笑)

それが自殺で流行るものだから、こうして新聞に書かれることになってしまった。
理科の発生方法と、自殺用で紹介されている発生方法は違うので、そのまま真似はできない。
しかし実験の前に「これで自殺しないように」とか指導するというのも、いかがなものか。
この仕事、敏感に世相を反映しなければならんのは、今に始まったことではないが、
「指導の際には、どうしても自殺が起こっていることに踏み込まなければならない」って
言われてもなあ。困ったもんだ。

だいたいこういうのは、学校で言われて初めて知って、「え? そんなのあるの!?」と
びっくりする生徒が多いのだ。今までならそれで終わっていたが、最近は家に帰ってネットで
検索し、詳細を事細かに書いたページをすぐに発見してしまう。難儀なことだ。

それはそれとして、俺が気になったのはあれ。サンポールですよサンポール。
うちの学校もトイレ掃除にサンポール使わせてるし、他校でも昔からそうだった。

なぜサンポールは学校御用達なのか(笑)

うちの学校は、生徒が自由に使えるわけではなく、鍵のかかる倉庫にまとめて保管して
いるが、こいつはそういう問題じゃないだろ。

いまどきなぜサンポールなのか

俺は別にサンポールに恨みがあるわけではない。しかし、他にいくらでも安全で性能の
いい洗剤があるのに、なぜわざわざ塩酸入りのサンポールを使うのか、だ。

おそらく、古い学校の恐ろしく汚いトイレでは、それくらい強いのを使わないと汚れが
落ちなかったのだろう。サンポールは、発売されてから20年以上経つロングセラーだ。
最近になって、どんどん新しい洗剤が出来てきて、家庭ではそれを使うようになってきた。
我が家でも、わざわざサンポールを使ったことはない。家庭には、汚れやすい小便器が
ほとんどなくなったことも影響しているだろう。

学校では、あちこちにこういう伝統的な商品や習慣がそのまま保存されている。
レモン石鹸と青いネットもそうだ。一時流行した緑色のアルボース石鹸も。
さすがに男子トイレ小便器の中の蛍光色のトイレボールは、もう見かけなくなったが、
ひょっとするとどこかの学校では、まだその習慣が保存されているかもしれない。

結局学校では、単なる惰性でサンポールを使い続けているのだろう。
さっさと他の製品に変えれば、自殺騒ぎに巻き込まれていらぬ心配をすることもない。
賢明なる校長の皆様には、こんなことでビビってないで、すみやかに対処しておくことを
お勧めしておく。

調べてみたら他にも類似製品はあるのに、サンポールの知名度は抜群。
発売当時画期的な性能だったのか、それとも安かったのか。ルーツには興味が尽きない。


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新設中学校へ転勤になったことがある。

4月1日、転任になった教師は新入生のように期待に胸ふくらませて、バリバリの新築校舎に
集まった。入学式を1週間後に控え、初めて足を踏み入れた未使用の校舎は当然だが美しく、
壁に足跡もついていなければ床にガムのカスもこびりついていないピカピカだった。
ガラス張りのドア、広くて装飾を施された玄関ホール。
それまで木造校舎やプレハブ、トムとジェリーのように本当にネズミ穴が空いた学校やら、
ボロい勤務先ばかりだった俺は狂喜した。

ところでスタッフの初顔合わせから開校まで、立ち上げに1週間か、と思われた民間の方は
いらっしゃるだろうか。短いと思われるかそれで十分だと思われるか俺には分からんが、
公立学校はそんなものだ。今日のネタはそのことではないので、話を先に進める。

運動場に出て校舎を見上げた俺達は、あることに気づいて絶句した。そして頭を抱えた。

教室にベランダがある(ToT)

何言ってるんだ、ベランダぐらいいいじゃないかと思うだろ? ところが違うんだな。
こういう設計の校舎は、「生徒指導上」とんでもない欠陥品なのだ。
「」をつけたのは業界用語だから(笑) どういう問題があるのかこれから説明する。
そんなもん分かってるぞ、と苦い顔をした教師は、この記事はパスしてよろしい。

晴れた日の昼休み、2階の教室のベランダに出て運動場を眺めながら談笑する中学生たち。
下を通った友達に笑顔で手を振る。チャイムが鳴ると教師が下から声をかける。
「おーい、授業始まるぞ~、教室に入れよー」「はーい!」明るく答える女生徒たち。
入札で設計を請け負った工務店の設計士は、そんな学園青春ドラマの1場面を想像して
図面を引いたんだろうな、きっと。

現実はどうだったか。

開校後数年たち、学校が荒れ始めた。荒れた原因は校舎とは関係ない。また別の機会に書く。
ベランダを物置代わりにして体操服や靴やら置いていたうちはまだよかった。
マンガ本やらお菓子やら不要物を隠していたのも、まあご愛嬌だ。

終りの会をやっていてふと気づくと、隣のクラスの男子が数名ニコニコ笑ってベランダに立ち、
窓から覗きこんでいた。知らん顔して入り込み、欠席者の机に座っている奴までいる。
ベランダはその階の教室全部を貫通していた。つまり隣のクラスもその向こうもイケイケな。
「お前ら何してるんだ?」「うちのクラスもう終わったから」「廊下で待て廊下で」
「ういーっす」「こら、中を通るな中を。自分のクラスに戻れって」

ベランダを脱出通路にして、授業中にいつのまにかいなくなる奴が出てきた。
そして他のクラスの後ろをネズミのように走り抜けて、廊下へ出て行くのである。
イケイケベランダの手すりは、安全を考慮して鉄格子でなく腰上のコンクリ壁だった。
この構造だと、腰をかがめてベランダを通れば教室の中からも外からも見えないのである。

だんだん状態が悪化してくると、ベランダに座り込んで煙草を吸う奴が出てきた。
たとえば体育や音楽や美術や、移動教室のときに授業をエスケープしてクラスに戻り、
ベランダに隠れてくつろいでいるのである。
生徒がいなくなったら、当然教師は探し回る。教室やトイレなら中をのぞくだけだが、
ベランダに座り込まれると、いちいちベランダまで出て行かないと発見することはできないのだ。

終いには、ベランダにマンガ本や他人の教科書やプリントを積み上げて焚き火を始めた。

ここに至って、ついにベランダは封印された。すべての教室のベランダに通じるサッシ戸は
ネジ止めされ、ベランダに出ることは出来なくなった。
その後、この中学校で封印が解かれたかどうかは知らない。俺は転勤したからだ。

荒れたのはベランダのせいじゃない、ダメ教師とケダモノ生徒のせいだろうって? ごもっとも。
設計士が夢見た平和な学校が理想に決まっている。しかし公立中学校の現状はこうなのだ。

荒れた学校ではベランダは凶器となる

そして問題点は、俺達教師が新築校舎のベランダを見たとたん予測したことが、そのまま
現実になったという事実の方だ。それが分かっていて、なぜ新設校にベランダをつけたかって?

現場の声を聞かずに設計したからだよ

業者に発注して学校を作らせたのは、教育委員会の、設備とか施設とか管理の担当部署。
つまり基本的に教育現場を知らない行政の事務方だな。たまたまその時その部署にいただけで、
学校の施設にどんな仕様がいいのか、現場で何が予想されるのか分かるはずも無い。
だからといって、事務方がいちいち現場を視察して回る必要はない。
必要な仕様さえ把握できていれば、きっちりと業者に発注していい校舎が出来上がる。

本当の問題は、現場の声を取り入れて仕様を決定するシステムができていないことだ。

これは俺達現場の教師に解決できる問題ではない。しかし事件は現場で起きている。
教育委員会にいる指導主事、つまり現場を知っている元教師にがんばってもらう他はない。
教育委員会がいったい何をしているのか、一般の人には分かりにくいだろうが、
こういったプロデュースも業務のひとつだ。…って、実は出来てないんだけどな(笑)

実は教育のハード面に無関心な教師も多い。「与えられたもので努力するのが我々の仕事」とか
戦前みたいなことを平気で言うジジイもいる。与える時点で努力しろよ。
一方で組合が直接校舎設計を仕切っている地域もある。いい仕事もしてるんだけどな。


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なにげなくNHKを見ていたら、教室風景が映っていた。足の踏み場もないほど床に散乱する
バッグ、靴袋、机上に盛り上がるジャージ類。散らかった教室だなあと思って見ていたら、

この高校は教室にロッカーがないのだ

アメリカのように廊下にロッカーが並んでいるというオチではない。本当に何もないのである。
いくら公立とはいえ、そんな学校があるのは知らなかった。びっくりした。

ロッカーと言うと聞こえはいいが、教室の後ろにある棚。体育館シューズやスケッチブック、
習字道具や、時には不要物を隠したり置き勉をして便利に使っていた、あの棚だ。
俺は自分が小学生のときからずーっと教室の後ろか横にはロッカーがあるものだと思っていたし、
この仕事をするようになってからも、赴任した学校にはどこもロッカーがあった。

それがこの高校にはないのである。そりゃ散らかるぜ。収納スペースがないんだから。
床は足の踏み場もなくなって当たり前だ。美しい学習環境は望むべくもない哀れな状況だ。

ちなみに「置き勉」とは、教科書類を教室に置いて身軽なカバンで通学することを言う。
「教科書を持って帰らなかったら家で勉強できない」というのが置き勉を禁止する理由だが、
だいたい置き勉してる奴がそんなもん持って帰ったって勉強するわけないし(笑)、
本気で勉強する奴は塾や予備校のテキスト使ってるから、家で教科書なんかいらないわな。

この番組、ロッカーのないかわいそうな高校生の実情を訴えるのかと思ったら続きがあった。

問題の高校は香川県立志度高等学校。 この高校は「学校会議」と称して、教師、生徒、保護者での話し合いの場を持っており、番組はその会議の様子を紹介していた。
会議の中で生徒からの提案の中に「教室にロッカーを設置してくれ」というのがあり、その前振りで、散らかった教室の惨状を生徒がプレゼンしていたのだ。

生徒の訴えに対して女性職員(事務方か?)が冷たく答えていた。

「そんなお金はどこにもありません」

そりゃそうなんだけどな。全教室にロッカーを設置できるほどの金は余っていないわな。
しかしな、「おかーちゃんプレステ3買ってぇ~」「うちにはそんなお金はありませんっ!」
家で駄々をこねるガキを叱っているんじゃないんだからな。少なくとも、保護者まで参加する
会議と名のつく集まりで、大人が正式答弁として発するセリフじゃないと思うんだが。

あの雰囲気では、ロッカー設置の審議自体が取り合ってもらえなかったようだ。
きっちり審議して「じゃ設置に向けて検討しましょう」という流れの上で職員会議となり、
来年度は余裕がないが、その後から予算を組もうかとかいう話になって、その報告として
「来年度は予算がありません」なら分かる。しかしそれには程遠いようだ。

なぜなら、女性職員の次に小肥りの男性教師が斜に構えてこう言ったからだ。

「ロッカーなんか置いたら置き勉するから」

俺はぶち切れた。

こんな子供だましの理由を、保護者もいる前で堂々と言える神経も疑うが、

その教室、お前が設計したんじゃないだろーが

いつ出来た校舎か知らんが、当時の香川県教育委員会の高校教育課が、ロッカーのない仕様の教室を工務店に発注して書類にハンコをついたんだよ。志度高校の生徒はそういう教室環境で十分だと判断したわけだ。
そのときに教育委員会で「置き勉するからロッカー無しにしよう」なんて検討はされたのか? 
してるわけないって。

それとも校舎が出来た後、志度高校の職員会議で
「この学校の生徒はロッカーなんかあったら全員置き勉をするに決まっている。生徒は信用ならない。だからこの学校の教育方針として未来永劫ロッカーは置かないこととする」
って決めたのか? まさか違うよな(笑)

お前の思いつきで言っただけだろ

この高校のホームページに掲載されている「学校会議」の報告書を見ると、ロッカー設置希望の他に、、「くるぶしソックスを許可しろ」とかイタい提案も混じっていて、苦笑してしまう。

「男子がパッチをはく際、スクールソックスだと、うっとうしい」

これには笑ったぞ。志度高校の生徒諸君、これはもう少し練ってから持っていかないと、
せっかくのマジな提案もまとめて一蹴されてしまうぞ。

ロッカー設置なんていう議題は、教師にとってみれば痛い所を突かれていることになる。
県教委レベルで、生徒の教育環境を十分に整備できていなかったことを認めることになるからな。
それに金がからんでくるから教師だけではどうにもならず、事務方がうんと言わないとダメ。
要するに、くるぶしソックスと違って、教育の本質にもかかわる、けっこう面倒な提案なんだな。
それを生徒に突っ込まれて改善するのは面白くない。だから他提案のアラにまぎれさせてしまう。

逆に、だからこそ、ロッカー設置となれば、「生徒の提案を取り入れて教育環境を改善した太っ腹な学校」という美談に化けさせることが出来るんだけどな。「学校会議」という取り組みも
もっと評価されるだろう。

志度高校の職員にしてみれば「詳しい事情も知らん馬鹿がブログで何を勝手なことをほざくか」
と思っていることだろう。しかしな、取材を受けて放送されるというのはそういうことだ。
賞賛されることもあれば、誤解されるリスクも含む。視聴者は編集された情報の断片で判断する。

高校の打つべき手は、まず放送された会議の内容を速やかにホームページで公開することだ。
教育再生会議みたいに少々遅れてもいいから(笑)、詳細な情報を自らの手で発信せよ。
そういう積極的にオープンな姿勢も、貴校「学校会議」の主旨のひとつだろう?

その上で、俺に誤解があったなら訂正し謝罪もしよう。俺も教師だから、叩くのが目的ではない。
高校の職員も、生徒の稚拙さを逆手に取って提案そのものを足蹴にするのが目的ではなかろう。
会議を通して、正しい議論の進め方、上手な主張の仕方を指導するのが教育者の本分だから。

かわいそうな高校生たちにロッカーが与えられんことを、そして「学校会議」が
実りあるものになることを祈っている。

あって当たり前のものがないと、こんな不毛な騒ぎになってしまうとは。
しかし教育の地域差・学校差も、知れば知るほど大きくなってくる。なんだかなあ。


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前回からの続きで、教育の効率化について書いてみる。

ひとくちに教育と言うが、学習が教育の全てでないことは賢明な読者の皆様なら御存知だろう。
特に公教育の場合、俺達教師が授業以外の部分に注ぐエネルギーは非常に大きい。
いずれ書くが、生活指導や保護者指導、土日の部活から給食費の取立てまで、
一度でいいからエネルギー充填120%で授業だけに集中してやってみたいものだとつくづく思う。

伊吹文科相の「効率」発言は、真意は不明ながらとりあえず学習のみに限定されていた。
これでは教育の全体を見通して語ることはとてもじゃないが出来ないので、
文部科学大臣に代わって(笑)俺が補足をしておく。

さて、費用対効果の効率を上げるには、費用を削減するか効果を上げるか、その両方かだ。
このうち費用の方は、エアコンを設置しなかったり今だに明治以来の黒板を使っていたりで、
設備面で効率の追求は顕著である。朝礼を運動場でするなど工夫もされてきた。

公教育にぜいたくは敵だ(笑)

また、教育予算で最も大きな割合を占めるのは人件費。つまり教師の給料。
これを削るには、教師の数を減らしたり、パートやバイト(講師)に置き換えたりすればよい。
ただし、教育は製造業ではないので、人件費(教師の数)を削ると生徒一人当たりに行き渡る
愛(サービスの量)は減る。給料をどんどん減らせば教師になる者も減り質も落ちるだろう。
教育は人間相手の稼業なのでモノを作る様なわけにはいかない。

こういう感じで、民間に置き換えて考えられる話とは、またちょっと違うこともある。

学校では、夏休みや冬休み、年度末に工事が入って、突然設備が増えることがある。
予算が余ってエアコン設置なんておいしい話ではない。生徒が破壊した校舎の改修でもない。
今回のネタはスロープや手すり、トイレ、エレベーターなどバリアフリー関係の設備のことだ。
今時新設される学校では、そんなものはあって当然だが、古い学校にはこういう設備はない。
だいたい普通に通るのさえ不便な狭い扉を平気でつけるくらいだから、障害者への配慮など無い。

そういう学校へ、たとば松葉杖や車椅子の生徒が入学しようとするとどうなるか。

今時の公教育は、急遽別枠で予算をつけて、完全とは言えないまでも設備を追加する。
公立校に標準装備でエレベーターなどない。教師も生徒もいつも3階まで駆け上がっている。
そこへエレベーターを1基設置するのに、10万や20万円で済むと思う者はまさかいないだろう。
毎日稼動させるのに、電気代もメンテナンス代もかかる。
そのエレベーターは、車椅子の生徒が卒業したあと何十年も誰も使わないかもしれない。
脚の不自由な生徒がいない状況でエレベーターを稼動させたら、税金の無駄使いと言われる。

しかし、後の見通しも無くたった1人の生徒の為にこれをやるのが今時の公立だ。
それは効率がどうのこうのとは無縁の世界だ。

この状況で効率に言及できるならやってみろ

一般に私学は設備は整っているが、バリアフリー関係となると学校によって様々だろう。
私学では「あいにく今エレベーター設置の予定がありませんので…」と言われたら終りだ。
しかし今の公立は違う。設備だけでなく裁判沙汰になる前に人的支援もつけるのが今時の流れだ。
こういうことを引き受けるのは塾でも私学でもない。やはり公教育しかないのだ。

公立の根っこには避けられない非効率がある

それを避けたら公立の存在意義は消える。偉い方達はこのことをくれぐれもお忘れなく。
学習が云々はそれからの話だ。

そうか、設備に非効率的な金がかかるから教師には金かけられないんだ。
今度は学習面で「供給者の方にどれだけの努力があるか」も考えてみるのでよろしく。


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