公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
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シリーズ団塊と日教組その4。前回までをお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。
・団塊と日教組その1 ・その2 ・その3

オルグという語をご存知だろうか。ある世代以上はなじみ深い言葉かもしれない。
組合活動や学生運動で使われる専門用語で、組織に勧誘したりすることを表す。

組合活動の中で、交流オルグと呼ばれるものがあった。名前だけ聞くと怪しげだが、
同じ県内の他市や他町の分会(学校)を訪問して、お互いの現状を報告しあう交流会だ。
なぜそれがオルグなのかよく分からないが、世間一般では分からない隠語を使うのも
組織の団結意識を深める手段のひとつなので、たいして深い意味はないのかもしれない。

この報告会は、放課後勤務時間をはずして行われる。勤務時間は自治体によって違うが、
たとえば4時15分から5時の間など、「職場を離れてもいい休憩時間」を利用する。
休憩時間というが、実際は生徒が学校にいる間は本当に休憩できる時間など存在しない。

「本日は交流オルグの受け入れを4時15分から会議室で行います」ということで、
ふつうの職員会議などと同じように、組合員が集まってくる。
そして2,3人一組でやってくる他校の組合員を迎えて、交流会が始まる。
組合の行事なので、さすがに5時なら5時きっかりに終わる。
職員会議のように平気で6時や7時まで延長するようでは組合の意味がない。

他校に交流オルグに出かけていく場合、遠方だと昼前から出発しなければならない。
授業は自習にするなり時間割を変更するなりしていくのだが、この間の勤務の扱いは
昔はけっこうあいまいだった。今なら年休を取って行くのが当然だが、当時はなんとなく
「行ってきます」だけで済ませていた。まだまだ世の中もアバウトだったのだ。

出勤簿上は仮に年休として出かけて行き、何もなければ勤務扱いとし、何かあったら年休に
切り替える「鉛筆年休」なるやり方もあった。若い頃の俺の目にはそう写っていたが、
実際には上の方ではどういう処理をしていたのかは不明だ。

このイベントは、怪しげな名前に反してけっこう有意義なものだった。
所変われば品変わるというが、学校運営も地域によっていろいろなやり方があり、
目からウロコが落ちるような思いも何度かした。しかしやはりそこは組合の行事なので
「今日の交流で得た情報を生かして明日からの闘争になんとかかんとか」という文脈で
まとめられるのが常だった。

で、それが現場の教育に役立っていたかと言うと、そこらあたりはあやしいのだ。

なにしろどんなことも対市要求とか闘争とか勝ち取るというコトバで固めてぶつけていく。
本来なら教育委員会を含め組織全体で考えてじんわりと検討していくべきようなことも
組合が取り込んでしまい、対立前提のイエスかノーかでわざわざ角を立てているようなものだ。

教育向上のためのアイデアも
武器として消耗させてしまったのだ


他市のやり方を参考に改善したという話は、結局聞いたことがなかった。

そして選挙運動。

深い考えもなしに加入した組合だったが、選挙の季節になると憂鬱だった。
候補者が学校にやってきて、職員室で「組合員のみなさん、よろしくお願いします」とか
やっているうちはまだいい。

当時日教組は社会党支持。無視できない数の組織票だったはずだ。先輩教師の中には
「私は個人的には自民党支持ですが、組合活動では社会党です。皆さんも頑張りましょう」と
わけの分からんことを堂々と言う奴までいた。

分会長時代に候補者の相手をして代表で握手なんかされたのも、まあ気恥ずかしい思い出の
ひとつということで手を打とう。

一番つらかったのは、電話戦術とビラ配りに動員されることだ。

名簿を見て片っ端から「今度の選挙では○○をよろしくお願いします」とかける電話戦術。
ビラ配りは、駅前とかでわめきたてる街宣車のまわりで、道行く人や会社帰りのお父さんに
文字通りビラを配る。どちらも選挙運動としては珍しくもない。

下っ端組合員は無料で使える運動員だ

無料どころか毎月1万の組合費を払っていたんだからお笑いだ。

公務員というか公立学校の教師が、特定の政党の為に選挙運動をするのがなぜOKだったのか、
俺はいまだに良く分からない。
とにかく校区内でのビラ配りだけは堪忍してくれと頼んで、交代してもらった覚えがある。
駅で顔見知りの生徒の親にビラを渡すのは、何か違うと思ったからだ。

その5に続く。

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団塊と日教組その3。その1その2を未読の方は、そちらから読んでいただくとよろしいかと。

団塊世代を中心にした職場の雰囲気は、組合活動に限らずすべての場面で同じ乗りだった。

たとえば職員旅行。民間では慰安旅行と呼ぶところもあるそうだが、校長が旅行代金を負担してくれるわけではないし、国民の皆様の血税で飲み食いするわけでもない。もちろん自腹。
以前、どこぞの校長会が研修と称して出張旅費で温泉旅行をやるという暴挙に出ていたが、
俺たち下っ端にはそんな権限も役得も勇気もない(笑)

この親睦旅行とも言われる行事は、職場会とか親睦会とか呼ばれる世話係が担当する。
もちろん公務ではない。組合員の多い学校では、ほとんど組合活動とオーバーラップしている。

そして職員旅行には、断固として全職員一致団結して決行しなければという雰囲気があった。
もう何がなんでもみんな連れて行かないと気がすまない。団塊の世代だけでなく、もっと上の
世代、特に管理職にもその傾向はあった。

職場の教師にも老若男女いろいろいるし、性格も家庭の事情もそれぞれにある。
子供が小さくて泊まりで家を空けにくいとか、お腹が大きいとか、親の介護をしているとか、
あるいは、仕事はそつなくやっているが寝食まで共にするのは堪忍してくれとか。
みんなで仲良く行けたらそれはそれでいいんだが、まあそうもいかない。仕方ないわな。

ところが職員旅行では、そういう弱者にも容赦なく参加しろというプレッシャーがかかる。
管理職から「なぜさぼるのか。職員旅行も仕事のうちだ」などという脅迫があることも。

こいつら仕事とプライベートの区別がついていないのだ

一緒に飲み食いして騒げば、それだけで仕事がうまくいくと信じて疑わないのだ。
実際それでなんとかなるなら話は簡単だが、世の中そんなうまい話はない。
誰もそのことに気づかぬふりをして「これも仕事のうちだ」と豪語する。
本当はただ一緒に騒ぎたいだけなのだ。それがあんた達団塊の世代の習性なのだ。

こういう公私混同体質が、公費で温泉旅行するバカ校長の集団を生むのである。

職員旅行の費用は、給料天引きで積み立てされていたりするのだが、なんと欠席者には
この費用が戻ってこないことが多々あった。
個人が出した数万円の旅行費を、出席者が平然と飲み食いしてしまうのである。

当日の急な欠席ならキャンセル料を取られても仕方がない。当日に近いほどその割合は増える。
しかし事前に欠席が分かっていても堂々とこれをやる。
「宿泊費だけは返金してやろう」と恩着せがましく言われることもある。
しまいには「金を出していて気の毒だから」と、千円たらずの饅頭の箱を土産に買って帰る。
欠席者はそれを有難くいただかなければならないのである。
「あの5万があったら、家族みんなで1日遊んでおいしい食事が出来たのに」惨めな気持ちで
バリバリとかたい包装を破って保存料たっぷりの観光地用饅頭を噛みしめるのだ。

組合は教員とその家族の生活を守るんじゃなかったのか? 

団塊世代が主要構成員の組合は、守るどころか、集団の和を乱す裏切り者という勝手な
大義名分をつけて、同じ職場の弱者から搾取した金で飲み食いしていたのだ。

こういう連中が差別や平和を語り、教えていた。だから教育は死んだのかもしれんな。

別にいーじゃん、無理せず行きたい奴だけで楽しめば? だいたい今時、職場旅行も
流行らんだろ。職場に娯楽なんか期待してないって。次回は組合の話に戻る。


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教育再生会議のサイトはいつも更新が遅いが、気がついたら第8回の議事録が掲載されていた。
第二次報告が出たときのものだ。その中に、陰山"百ます"先生のちょっと面白い発言があった。

第8回教育再生会議議事録 p.7
○陰山委員
今まで全然言っていなかったんですけれども、重要な問題が一つあります。といいますのは、管理職の任用の問題です。といいますのは、学校現場にいますと、本当にこの人は校長になれば、すごくいい実践をしてくれるんじゃないか、ものすごい実績があるんだけれどという教師がいるんですけれども、そういう人というのは、えてして子供と一緒にいるのがいいと。とかく、今管理職になってしまいますと、さまざまな大人同士のあつれきの中で、子供とかかわることが少なくなってしまうから嫌だという人が多いんです。

でも、そういう人に例えば、仮に管理職になってほしいというふうに思ったとしてみても、今は採用試験を受けるというハードルがありますので、その任用試験を受けないという決断をしてしまえば、どう言ってもその人を管理職に任用することができないわけです。

ですから、教育長が今度教育委員会に対して、何らかの形でその地域に対する責任を持つということができた以上、それを効率的に実施していくためにはその人事権が必要であると。そのときに、中でどう動かすかということよりも、実は非常に優秀な人材をそういうところでつけていくということが必要ではないかなというふうに思うんです。ですから、全体の1割とか2割とかという、それは御議論でいいとは思うんですけれども、やはりこの人を校長にしたいという人がなっていけるような制度構築が私はかなり大事だろうと思っておりますので、ぜひともそれをつけ加えていただきたいと思います。


俺はこの一節を素直にうんうんとうなづきながら読んだ。
これはまさにその通り。現場を良く知りキャリアを重ねた者が語るリアルな現実である。
辞めてしまった義家ヤンキー先生の経歴では、残念ながら知りえなかった状況だ。

優れた教師が校長になるとは限らない

民間なら、業績ある優れた人材が上からの指名を受けて管理職に上がっていく。
世間の皆様は、そんなものは当たり前だと言うだろう。

だが学校は違う。まず教頭試験を受けなければいけない。
それに合格した者の中から選ばれて、実際に教頭のポストに就く。
業績や能力以前に、自発的に試験を受けることが大前提になるわけだ。まず教頭試験ありき。

え? 教師は誰でも教頭や校長になりたいんだろうって? 残念ながら違うんだな(笑)

陰山先生の言うように、いくら素晴らしい人材でも「ボク担任がいいもーん(^o^)」で
試験を受けなければ、最後まで担任でいられる。たとえ担任でなくても、授業や部活で
毎日生徒の相手をできる。

校長教頭、つまり管理職は、原則的に授業はしない。教師や保護者の相手が仕事だからだ。
そういう意味では、教頭や校長は、もはや教師ではない。
だから管理職にはなりたくないという教師も多い。
まして最近は名誉は地に堕ち風当たりだけがやたら強い。

一方で、とにかく管理職になりたくて仕方がない教師もいる。
本当に出来る者ならそれでいいが、たいして能力も実績もないくせに口だけでのし上がろうとする奴もいて、こういう輩は本当にうざい。出世欲が汁になって全身からダラダラ流れ落ちている。

本当に能力のない奴なら管理職になれないだろうと思うかもしれないが、そうじゃない。
従来の校長は、新しいことを何もしないのが美徳だったり、危機管理能力も今ほど必要じゃなかった。人柄さえ良ければ十分だったりもした。それはそれでとても大切なことなのだが。
生徒指導の実績で教頭になったものの事務処理能力がなくて、自分の仕事を片っ端からまわりの
教師に押し付けて、怒鳴り散らしてしのいでいる教頭もいるくらいだ。
そういう人間でも通るような管理職試験をしているから、こうなるんだけどな。

だから教育委員会も心得ていて、ダメ校長のいる学校には出来る教頭が配置されていたり、
逆に切れ者の校長の下にはヘタレな教頭がいたり、人事で苦労しているわけだ。
特に小さな市や町だと、マジで管理職にふさわしい面子が足りなかったりするんだな。

校長になるのは優れた教師とは限らない

逆もまた真なりだ。

学校で不祥事があると、記者会見に校長が出て全国ネットのテレビで晒される。
こういうのを見ていると「ハァ? このヒトが校長??」と疑うほど情けないことがある。
不祥事でボコボコ状態で元気なオーラも出るはずはないし、真実も語れないからだが、
それ以前に、本当に人として器が小さすぎてみすぼらしい校長も実在するのだ。

もちろん素晴らしい校長もいくらでもいる。
そして、校長より素晴らしい人材が、役職に就かず生徒と一緒に転げまわっていることもある。
学校というのはそういうところだ。

免許更新制でふるい落とすことに膨大なエネルギーを使うのはいかがなものか。
それなら人材のピックアップにも金とエネルギーを使わないとバランスが取れなかろうに。


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前回に続いて、団塊と日教組その2。

日教組では、各学校の組合員組織を「分会」と呼んでいる。
その中に、30歳以下の組合員で構成する「青年部」、女性で構成する「婦人部」がある。
20歳代の女性教師だと、青年部と婦人部の両方に属することになる。

年度始めに、組合員だけが集まって分会長、青年部長、婦人部長を決める。
主任制に反対していた割には、こういう役職はきっちり決めるわけだ。
年度始めの恒例の組合行事だが、これが一種のパフォーマンスになっている。
職員会議のあとにこんな声がかかる。

「このあと引き続き分会会議を行います。組合員の先生は会議室に移動してください」

組合員が一斉に立ち上がり、職員室から出て行く。後には非組合員と管理職が残される。
組織率(加入率)の高い分会(学校)では、それだけで十分な示威行為だ。
分会会議が行われている間は、学校としての公式な業務はストップする。
だから分会会議は5時過ぎに開始したり、年度始めの春休み中なら休憩時間という扱いにする。

で、この青年部や婦人部で何をしているかというと、青年部ボウリング大会とか宴会とか、
土曜日の婦人部昼食会とかの活動がメインだった。

実質はレクリエーションのための組織だった

団塊の世代は、とにかくみんなで群れて何かするのが大前提だった。仕事も遊びもみんな一緒。
今や懐かしいストもお祭り気分だった。たとえば早朝2時間ストライキはこんな具合だ。

スト前日。朝の職員打ち合わせで連絡事項が出尽くした後、校長が職務命令を読み上げる。

「職員は明朝のストライキに参加することなく、職務にまっとうすることを何とかかんとか」

すかさず分会長が立ち上がり、よく通る大きな声で、

「ただいま校長より職務命令が出ましたが、明日のストは予定通りです。組合員の皆さんは
 職務命令に屈することなく!、明朝2時間ストへの参加よろしくお願いしまっす!」
おーっパチパチパチ(拍手)

この儀式はそこで終わって、特に険悪なムードもなく、さらりとその日の授業に入っていく。

そして教室では、「明日ストをするのでご理解ください」という保護者向けのプリントが
配られる。しかしこのプリント、組合員でない担任教師には当然配る義務はない。
替わりに組合員がよそのクラスで配布したこともあったし、
「なんで俺に配らせるんだ!?」組合員でない担任が怒ってゴミ箱に捨てたこともあった。

そして当日。

いつもなら出勤している時間、学校へは向かわずに各自で集合場所へ三々五々集まっていく。
たいてい大きな公園だ。前方のステージあるいは街宣車の上にはスピーカーが用意され、
○○教組とか◇◇支部とか△△分会とか描かれた旗が何本も立っている。
分会長が持つプラカードを目印に、学校ごとにかたまっていく。
団結ハチマキが配られたりする間に、だんだんと人が増え定刻が近づいてくる。
あちこちで「いやー久しぶり」「どう、元気してる?」などの声が聞かれ、同窓会的な
なごやかな雰囲気もかもし出している。

やがて前方では組合幹部の演説があり、最後は「団結がんばろう」で拳を突き上げて締める。
どこの労組のストも似たようなものだったろう。集会が解散すると、こんどは集団で
ぞろぞろと各自の学校に戻っていく。

学校には、校長教頭と組合員でない教師が残っている。通常の授業はできないので、
手分けして組合員が用意していった自習プリントを配って生徒の面倒を見ている。
今考えると、ストで手薄の間に生徒が暴動でも起こしたらどうするんだろうと思うが、
当時はなんとなく生徒は生徒でおとなしくしていた。保護者からのクレームもなし。
そういう時代だったんだろう。

学校に戻ってきてすぐに授業かというと、ここでワンクッションある。

「職場復帰は10時10分。遅れることがないように。ただし定刻までは職場に入らないように」

ということで、校門の前にハチマキをして並んで待つのかと思ったらそうではなかった。
「シーサー君どこ行くの。まだ時間じゃないよ、こっちこっち」先輩教師が手招きする。
ガランカランとカウベルを鳴らしてドアを開けたのは、行きつけの喫茶店だった。
学校の近所の喫茶店でモーニングなど食べ煙草を吸いながら、時間をつぶすのだ。
トラックが納品待ちしているようなものだな。
集会場所から一番遠い学校に戻るのに十分な時間を取っているので、近場ではこうなる。

教師が平日の朝っぱらから喫茶店にいても、教育委員会に通報する市民などいなかった。
「あれ。先生休みですか」「いえ、今日はストなんです」「ああそう、ご苦労さん」

学校に戻ると「ご苦労様です」職員室で残留組の非組合員教師や管理職に声をかける。
そして2時間遅れで、何事もなかったかのようにいつもと同じ一日が始まる。

団塊の先輩教師達に連れられていくストライキは、新人の俺にとっては、なんだかちょっと
遠足みたいにワクワクするイベントだった。
これで俺の給料が上がるのかとかいう期待感ではなく、「闘争」とか「戦術会議」とか
「職務命令」とか「断固として」とか物騒な言葉が飛び交う割には悲壮感のかけらもなく、
和気あいあいとしたものだったからだ。

今時こんなストライキをやったら、「授業時間を保障しろ」「2時間分給与を返還しろ」
「職場放棄の不適格教師は処分しろ」等々、非難ごうごうだろうな。ということで3に続く。


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「まいったな、なんで嫁さんより俺の方がボーナス少ないんだよ」

しきりと嘆いているのは某市教育委員会指導課勤務の指導主事。元中学校社会科教師。
ちなみに同い年の彼の奥様は、同じ市内の公立小学校の教師で5年生担任。
2人の子供がいて育児休暇もしっかり取ったので、本来なら旦那より給料は安いはずだ。

ボーナス出るだけマシだと思え、という突っ込みはちょっと置いといて、

指導主事よりヒラ教師の方が給料が高いこともある

教育委員会というと、世間一般の皆様はどんなイメージを持っているのだろうか。
なんだかスーツ着た偉そうな連中が時々学校に来て校長や教師を威圧していくとか、
「教育委員会に言うぞ」と言えば教師はビビるに決まっているとか。(註:都市伝説です)

教育委員会の中で、直接学校と関係あって事件があったときに対応しているのは指導課という
ほんの一部署に過ぎない。人数にすると、10万都市でせいぜい10人程度。
それまで学校で教師をしていた者が、教育委員会に異動になって行政の仕事をするわけだ。
だから、俺達現場の教師にとって特別に脅威だったり雲の上の偉い人だったりはしない。
管理職になりたい教師にとっての、キャリアの通過点にすぎない。

まあ、仕事も出来るかわりに偉そうにしている人であるのも事実だけどな(笑)

給料の話に戻る。教師になるには、県の教員採用試験に合格しなければならない。
教育実習は教員免許を取るための大学の単位のひとつにすぎない。教員免許があるだけでは
教師になれないので、知らなかった人は覚えておくように。
晴れて合格すると市立や町立の学校に赴任する。しかし採用は県なので給料は県から出る。
これを県費職員という。事務員や管理人は市費職員。

教育委員会は行政機関なので、そこに勤務している間は給料は市や町からもらうことになる。
教頭や校長になって現場(学校)に戻ると、また県費の給料に戻る。
財政豊かな市ならいいが、そうでないと教育委員会勤務になったとたん給料が下がってしまう。
それでこの時期、冒頭のようなぼやきが聞かれるわけだ。

その分、管理職手当がついていたりしたんだが、最近は財政難でどんどんカットされている。
教育委員会指導課の仕事は、膨大な事務処理から議会対応、地域行事への参加、トラブル対処まで多岐に渡る。役所で最後まで電気がついているのが指導課だと言われるくらいだ。
そして地域行事や学校の運動会で土日に出勤しても学校の運動会のような代休はない。

さらに、最近実施され始めた勤務評定。働き具合によって給料に差をつけようというものだが、
教育委員会は、遠慮して自ら一律「中」ランクに固定していたりする。
毎日5時に帰っている現場の教師より勤務評定ランクが低かったりするわけだ。

教師の中で能力のある者が、校長になる日を夢見て安月給と激務に耐え忍ぶ期間が、
教育委員会の指導主事だ。

教育委員会がなっとらんとか世間の声があるんだが、お飾りの「教育委員」は放っておいて、
実務をやっている者は、もうちょっとまともな待遇でもいいんじゃなかろうかと俺は思う。
ちょっとぐらい偉そうに出来るだけとかいう実体のないご褒美では、そんな割の合わん仕事、
誰もやらなくなるぞ。名誉職だった校長も、最近では風当たり強くてパッとしないからなあ。

え、俺か? 管理職やってたらこんなブログ書いてられんよ。
もっと給料高くて権限が多かったら考えないでもないけどな。もう好きにしちゃうぞ(笑)
まあ現場にいて毎日生徒とドタバタしていたら、時々、震えるぐらいいいこともあるから、
それで十分だ。なんと言っても俺、教師だし。

若い頃は指導主事が来たらビビってたけどな。おっさんになったら全然(笑)
なんでビビったかとか、教育委員会のお仕事についてはまたいずれ。


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