公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
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ブログへのアクセス解析を見て一喜一憂しているのは、ブログ書きにはよくあることだろう。
それが記事を書く力になるし、と同時にいつも頭が下がる思いがする。
画面上は誰か分からないIPの羅列なのだが、時間や回数を見て、

「この人、初めて来て片っ端から読んでくれている」
「ああ、今日も来てくれたのに更新してない。申し訳ない」
「ご、ごめん! 寝る前にもう一回来てくれたんだ。昨夜は疲れててコメント書けなかった」

などとつぶやく毎日。言葉ではない単なる足跡から十分に伝わってくるものがある。
読者の皆様、ありがとうございます。

読者の中には検索エンジンから飛んできてくれる方もいる。

検索語で多いのが「レモン石鹸」と「飯ごうすいさん」

レモン石鹸で飛んで来た人、怪しげなブログにヒットしてちょっと面食らったかもしれない。
まあ、学校時代を思い出すちょっとなつかしい読み物として見ていただければ幸いだが、
購入しようとして検索した方には、さすがにお役に立てていない。
しかしそれ以外にはどんな目的で検索したのだろう。これは少々興味ある。

飯ごうすいさんで飛んで来た人、俺にはなんだか切羽詰った状況が感じられるのだ。
学校か何かでキャンプに行くので、カレーをうまく作ろうとして情報を求めていたに違いない。
だったら俺の記事は、中途半端に煽るだけ煽って結局キャンプの役に立たんじゃないか。

これはいかん

俺はバーベキューをやれとは書いているが、カレーはカレーでそれなりに面白い。
自分のためだけでなく仕事でも何回も経験している。ダメダメ班のかまどを途中から救済して
短い時間でなんとか食えるところまで持っていく技術は身についている。

だから検索で来てくれた人のために、飯ごうすいさんのカレーの作り方マニュアルを追加することにする。
すぐにはできないが、秋の行楽シーズン中には間に合わせたい。
庭やそこらの川原で薪を燃やすのはやりたくないので、写真は勘弁してくれ。
⇒飯ごうすいさん・カレーの作り方はこちら

涼しくなって蚊がいなくなったら、ベランダにBBQコンロ出してビール飲みながら焼き鳥、
というのが俺のささやかなアウトドア。炭で焼く鰻や秋刀魚もうまいぞっ! 近所迷惑注意な(笑)

ということで今回は記事のフォロー。俺はやっぱり教師なので。

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体育会の演目の中で、マスゲームや組体操は演技が正面を向いて構成されていることが多い。
正面には本部席や保護者席があって、そちらから見ることを前提に振り付けされているわけだ。
後ろに回されているのはたいてい生徒席。

生徒席から見ると背中とお尻ばっかり

マスゲームのラストに一番前で決めのポーズがあっても、何をやっているんだか全然見えなかったりする。
どうも盛り上がりに欠けるんだな。ブラスバンドのマーチングも、ラッパがずっと前向いたままだったりして
華やかなのにちょっと寂しい。

まあしかし、これはある程度仕方ない。
少人数の学校なら、生徒席も保護者席も来賓も全部前に集めることができるが、
大規模な学校では物理的に無理だ。さすがの俺も無理は言えない。

体育会というのは、イベント会場として見ると、演者とそれを取り囲む観客が同一平面という
ある意味特殊な環境だ。
野球やサッカーは周囲全てが観客席だが、スタンドが立体的に立ち上がっている。
文化祭のようなステージは観客席より高く、観客は同じ方を向いて座っている。
盆踊りは中央にやぐらを組み、その周囲を取り囲む。
キャンプファイヤーは中央の火を囲んで座り、演者は立って火の近くで演技する。
目の前の演者は逆光でシルエットとなり、炎の向こう側の演者は赤々と照らされる。

しかしだ。
運動場という一見不利なイベント会場での運動会も、全方向から楽しめる演技もちゃんとある。
走競技全般、騎馬戦、棒倒し、玉入れ、綱引き、大玉、ムカデ、大縄跳び、タイフーン・・・

組体操とマスゲーム以外全部だ(笑)

思い出してみてくれ。どこから見ても楽しめるだろ?
そういう意味では、体育会の演目というのは実によく考えられていると改めて感心する。
というか、淘汰されていろんな意味でいいものだけが残ったんだろうな。

マスゲームは、観客の視線を意識して振り付けが放射状にデザインされている場合もあり、
こういうのを見ると、できる先生の演出だなとニヤリとするわけだ。
中学校でなく小学校で見かけることが多い。小学校は学年も多く演技も比較されて切磋琢磨し、
保護者の「うちの子を見たい!」という欲求も大きいからだろう。

さて今回のネタはこれだけ。たまにはあっさりとしたのがあってもいいだろう。
こういう視点で体育会が語られることはあまりないと思うが、別に難しい話じゃない。根本はひとつ。

誰に見せるのか、誰のための体育会か

それを考えたら、自然と改善の方向は見えてくるはずだ。

今年の体育会ネタはこれでおしまい。また来年シーズンが来たらきっとやる。
今からネタのリクエストをしておいてくれたら、波長が合えばお応えするかも。


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月曜日、街へ出たら小学生があふれかえっていた。小学校の運動会の代休だ。
そういう自分も代休だったので人のことは言えないわけだが、にぎやかな平日だった。

運動会はまだの学校もあるのだが、自分が終わってしまうとさすがにテンションが下がる。
ということで、体育会シリーズは今回と次でひと段落とさせていただく。
頭の中ではまだ駆け足の曲が鳴り続けていたりするが、また来年時期が来たら書くだろう。

読者の皆様の学校では、体育会の昼休み、昼食はどうしていただろうか。

・保護者と一緒に校内のどこで食べても良い
・生徒は保護者とは別で、全員教室に入って食べる

小学校では前者が、中学校では後者が多いのではないだろうか。
教室で食べる学校では、椅子は運動場に持ち出したままにすることもある。
椅子無しの教室で立って食べたり床で食べたり。
マナー以前の問題だが、それも体育会の楽しみのひとつということだ。

俺はどちらの学校も経験している。
生徒が荒れて保護者や卒業生と一緒にしたら何が起こるかわからない状態ならともかく、
落ち着いた状態なら、どちらでもかまわないと思う。

何にせよ、学校によっていろいろなやり方があるということは、
何かひとつに決める唯一絶対の理由がないことの証拠なんだな。
だから「中学生なんだからもう親と食べなくてもよろしい」でも
「せっかくの運動会だから、一族郎党みんなで仲良く食べなさい」でもどっちも正しい。

ただ、生徒だけで昼食を食べさせるときに、こんな理由をつけていることがある。

「親と一緒に食べられない子がかわいそうだから」

これ、本当にそうなのか? 俺はどうも胡散臭いものを感じる。

親がいない子もいるからという「教育的配慮」だそうだが、これは同時に、
他の子と家族から、みんなで一緒に食べる楽しみを奪っていることにもなる。
そもそも親が揃っていたって仕事で来れない家庭もいくらでもある。
日曜や土曜が休みの仕事ばかりではない。うちみたいに両親とも教師の共稼ぎ家庭なんか、
仕事と我が子の運動会がバッチリ重なって見に行ってやれない宿命だったりする。
 
胡散臭い何よりの理由は、それが根本的な解決になっていないからだ。
全員教室で食べることにしておけば、教師は現実から一時的に目をそらすことができる。
しかし親のいない生徒の家庭環境は何も変わらない。その場はそれで通り過ぎるが、
卒業してからもずっとそれで生きていけるわけじゃなかろう。

そうじゃなくて、その子が不必要に嫌な思いをしなくてすむように、
いろいろ考えて配慮してやるのこそ俺達の仕事だと思うんだが、世の先生方いかがお考えか。

本人が事実は事実として受け止めて普通に立ち回って生きていくために、
周囲の友達もちょっとした気遣いができるように、日ごろから種をまいておく。
「シーサー君はお母さんがいないから誰か一緒に食べてあげなさい」なんてのは最低だぜ(笑)

まあ中学校でそれはなかろう。だいたい親と食べたがらない奴だっていくらでもいるしな。

クラスや学年の生徒が優しくいい雰囲気でいられると、こんな場面で教師があれこれ口出しする
必要もなく、自然に友達同士でなんとかなるものだ。

しかしこういう雰囲気を作るのは難しい。様々な条件が必要だし一朝一夕で出来るものではない。
「全員教室で食べる」のは非常に簡単で無難だ。問題も起こらない。しかし何も生まれない。

俺は、難しくても時間がかかってもうまくいかなくても前者を選ぶ。
目をそらすことはその場しのぎだし、思考停止はしたくない。
ましてそれを「教育的配慮」という一言で片付けてしまうのは偽善にすら思える。

おっと、ちょびっと熱くなっちまったな。
言っとくが、俺はやさぐれる為に毒を吐いているわけじゃないからな。
これでも通行止めも防護壁もない体育会を夢見てるんだぜ(笑)

これ、小学校では普通にあることだよな。きっと小学校の先生は難なくこなしていると思うのだが、
良く分からないのでコメントは避ける。誰か小学校の様子を教えてくださいm(_ _)m


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「指導力不足」教員、05年度は506人 72%は男性(9月22日 朝日新聞)

一般の方々はこの記事を読んで何を感じるのだろうか。
「先公は税金泥棒のカスばっかりだ」って?(笑)

「72%は男性」というフレーズは「男の教師は役立たずが多い」という意味に取れるが、
これもうっかりだまされてはいかんぞ。そんなことはどこにも書いてない。
教員全体の男女比が書いてあって、男性のうち何%女性のうち何%、というなら話は分かる。
しかしあくまで認定者全体の72%なので、男性教師が役立たずという結論にはならんのだな。

こういうのは統計の初歩の初歩の話なんだが、案外だまされる人が多いので気をつけてくれ。
承知の上で意図してそういう見出しを書くのもよくある話だしな。
知らずに書いていたら救いようのない馬鹿だけど。

で本題。同じ職場にいる立場の者として言う。
悪いけど役に立たん奴はどんどんやめてくれ。回りでフォローするのも大変なんだから。

とかいう話じゃないんだろうな、きっと。

なんで使い物にならない教師が多いのか?

というのが一般の方々の持つ感想かと思われる。

ところで皆様、教師ってそんなに優秀な人間の集団だと思っているのか? 何か勘違いしてないか?

昔、デモシカ教師という言葉があった。
戦後子供が爆発的に増えて、教師が足りない時代のことだ。
安月給でなり手も少ないので、大都市の教育委員会は地方へ教師探しに行った。
住む所を用意するからと拝み倒して連れて来たりした。まるで手配師だ。

「他に仕事がないし教師でもやるか」「教師しか就職口が残ってないんで…」

ひどいもんだ。いまどきこんな職業があるだろうか(笑)
とにかくネコの手も借りたいほどの教師不足。そんな時代に誰も教師の質なんか問わなかった。
せまいプレハブ教室にに50人以上も詰め込まれた生徒を前に、問えなかったというのが本音だろう。
そうやってなった教師の中には、もちろん立派な人もいたしネコの手以下の教師もいた。

今、指導力不足を問われている教師がその世代というわけではない。
しかし、そういう役に立たない教師は俺の若い頃にも何人か目にしたし、
今でもなくなったわけではない。役立たずの系譜は受け継がれているわけだ。
いくら成績優秀でも、この稼業には向き不向きもあるしな。

団塊世代が大量に退職していくおかげで、この業界もご多分に漏れず大量に新規採用している。
おかげで教員採用試験の倍率は下がり、デモシカ教師時代の再来のようになっているところもある。
役立たずの新卒教師をやめさせたくても、代わりにすえる臨時採用の講師もいないという。
今まで採用試験に受からなくて講師登録していた予備軍まで、全部さらえちまってるわけ。
わざわざ教師なんかならなくても、他の職種も採用は上向きだしな。

公務員というのは、景気が良いときには見向きもされず、
景気が悪くなると叩かれながら人気が上がると言う妙な宿命にある。
俺が経験したのはバブルの頃。新卒のOLがボーナス100万とかいうニュースを口を開けて見ていた。
いつか俺もそれくらいもらえるようになるのだろうかと。

言っとくけど公務員はバブル関係なしだからな。景気が悪いときだけ世間並みにされるのよ。
40もなかば過ぎてから何年かは冬のボーナスが3桁に達した。
だがまた下がってしまった。50を前にして毎月の手取りは40万ほど。
お願いだから定年までこれ以上下がらないでくれ。年金もちゃんとくれよ。

ごちゃごちゃ書いたが、要するにこの稼業は特別優秀な人間が集まっているわけでもなければ
高給が期待できる特別待遇のおいしい職業でもない。先生先生と尊敬されたのは今は昔の話。
ふつうに公務員にすぎないんだが、最近は世間の風当たりはどんどん強くなってるけどな。

で、やっと最初の話に戻る。

指導力不足の教員が何百人も出て、教師の質がどんどん低下してるのかって?
違う違う。世間の皆様、心配しなくてもいい。

世間並みにリストラされるようになっただけだ

まああれだな、あとは給料ドドーンと上げてくれたら優秀な人間が集まるかもな。

民間では定年65にとか言ってるが、団塊が抜けたあと俺達もそこまで働かされるのか。
ジジババとヒヨコ教師ばっかりで子供達の相手は大変だぞ~。


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教え子からメールが来て、なんで教師の飲酒運転のニュースは書かないのかと言われた。
教え子といっても中学生ではなく、仕事もしながら二人の子供を立派に育てている素敵なママだ。
公開私信ではないが、ブログの趣旨の話なのでここでちょっと説明しておく。

基本的に俺は、大勢が同じ方を向いていることには、同じようなコメントはしない。
わざわざ俺がやらなくても誰かがやるからだ。言うまでもなく結論が出ていることも同様。
だから飲酒運転なんてダメの一言で終りなんだな。弁解の余地無し。
一発で懲戒免職でも仕方ない。あきれてコメントする気にならん奴もいる。

公務員の飲酒事故や検挙のニュースが目立っているが、これは公務員だとニュースになるからだな。
普通の会社員や商店主のおっちゃんが検問でつかまっただけじゃニュースにも記事にもならんのよ。
だから公務員の飲酒運転検挙率とか会社員とか自営業とか、業種別にきっちり統計せにゃ、
「公務員の飲酒運転が多い」とは言えない。それで本当に公務員の割合が多かったら由々しき問題だ。

ということで、教育関係のニュースだからといって必ずしも反応するわけではないのです。

で、今日のネタ。体育会で突っ走ってきたが、これはスルーしないんだな。

国旗・国歌で起立・斉唱強制、都教委通達は違憲…地裁(9月21日 読売新聞)

中学生の読者諸君、早とちりしてはいかんぞ。

「日の丸・君が代は憲法違反だ」
「学校から日の丸・君が代がなくなるの?」

違う違う(笑) 記事を良く読むように。

東京都教育委員会が、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し国歌斉唱するよう通達した
教職員が校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問うとする通達を出した。
この通達後、式典で起立などをしなかったことを理由に、延べ345人の教職員が懲戒処分を受けた。


このあたりが違憲として争われているわけで、学校から国旗国歌を追放しろとかいう話ではない。
まあ都側は控訴する方針だそうだし、最終的にどうなるかはまだ分からん。

教師が個人的にどうしたいか云々は、俺は興味ない。
公僕なんだから、己の意思とは別に動かにゃならんこともある。
それが嫌なら最初から教師になんぞならなきゃ済むことだ。

問題は生徒のほうなんだな。

国旗や国歌を学校で扱わなかったらどこで学ぶんだ?

国歌も国旗に対するマナーも知らない子供を育ててどうするんだ。
特に集団の場での独特の雰囲気は、家庭じゃ教えられないだろ。

知識として経験として知った上で、じゃ君はどうするんだという話になるのが筋だろう。
「うちの子は校歌や君が代は歌いません」と家庭から連絡されたら、
学校は「そうですか、分かりました」と言うだけだ。強制なんかできるわけない(笑)
逆にどっちもやらない学校で「うちの子は歌います」と言ってきたらどうするのか?
「そんなもの歌ってもらったら困ります」と拒否するのか? 卒業式からボイコットするか?

その子が大人になって自分の考えを持つようになったときに、
国旗国歌の知識も経験もあって自分で判断して否定するなら構わない。
しかしな、やっぱり君が代歌いたいと思ったのに曲を全然知らないとか、
スルスル上がる国旗を前にどうしていいか分からなかったら悲しいじゃないか。

やがて大人になる生徒達が、将来自分の意思で選べるように、
偏らない材料や環境を揃えておいてやるのも俺達教師の仕事だと思う。

こういう話を書くと右だ左だと決めるのが好きな奴がいるが、俺は俺。
あいにくそういう基準にはめられて喜ぶタマじゃないんだな(笑)


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授業の前後の礼というのは日本特有のものなのだろうか。
アジアの国々、韓国や中国ではどうなのだろう。
少なくとも欧米ではやっていないようだ。

体育会だと組体操やマスゲームの最後に礼が入ることがある。
演技をすべて終了したあと、生徒が朝礼台の上に立っている教師に向かって
「ありがとうございました!」というやつだ。
普段から授業の前後に礼をしているから、その延長と言えなくもないのだが、
体育会のような観客がいるハレの場では、これは格別な意味を持つ。

朝礼台の上に教師が立っているのは、先日説明したように軍隊からの流れ。
単に合図を送ったり指揮をするだけなら、台の上に立つ必要もない。
その証拠に、学校によっては指揮者は下で校長が台の上に立って演技を観閲することもある。
もはや体育教師の資質がどうこうでなく、学校ではそういう習慣でやっているので、
いちいち意味など考えていないというのが実態だろう。
今回はそれがテーマではない。

この「ありがとうございました」は練習の段階で最後に礼をしろと指導するわけで、
生徒から自発的に出るものではない。だから練習中は、

「なんじゃその礼はぁ! 気持ちがこもっとらんから声が出んのだ。も一回ぃ!」

などと怒鳴りまわすことになる。

生徒に謝礼を強要してるんだな

生徒が教師に向かって大声で礼をするところを保護者に見せる、という構図。
生徒が教師に感謝の気持ちを表す美しい光景。行き届いた訓練を象徴する大声。
「ここの生徒(教師)はしっかりやってますなあ」という来賓の賛辞。

俺は元々授業の前後の礼が苦手だ。特に終わったときの「ありがとうございました」な。
礼をする習慣は大切だ。社会に出てからも必要な場面がある。
だからそれを覚える意味では、礼もきちんとできない奴はダメだと思う。
それはそれとして、俺は別に「ありがとうございました」なんて言ってもらわなくてもいい。
お願いされなくてもちゃんとやるつもりだ。教えるのが仕事だから。
もちろん生徒もいちいち本気で礼なんてしてないんだけどな(笑)
いつかは本心で「ありがとう」と言ってもらえる授業をしてみたいものだと思いつつ、
毎時間、授業のたびに何となくすっきりしない。

組体操の演技が無事終わったあと「ありがとうございました!」の大声がびしっと決まれば、
台の上の体育教師にとっては愉悦の瞬間だろう。俺だったら涙流してイキそうになるかもしれん。
確かにこれは誰から見ても感動の場面だ。

だけどな、ちょっと考えてみてくれ。
たとえば演技が終わったあと、台の上の教師がくるっと観客席の方を向き、

生徒と一緒に「ありがとうございました」と頭を下げたら

全然意味が違ってくると思うのだがどうよ?
それがいいかどうかは分からんし保護者のためだけにやれと言っているのではないぞ。
習慣だからでなく、何のために誰のためにやっているのか自分の頭で考えてるかということだ。

演技の後の礼についてはこんな話がある。
ある体育教師が、組体操の最後を「解散!」「オオッ!」で退場するコンテを書いていた。
「ありがとうございました」を言わせるのが嫌だったんだな。
当時の3年生徒は実に熱心に練習し、本番で初めて5段の塔が決まり、要するに感動の演技だった。

解散の号令のあと、3年生徒が退場せず前に並んで「ありがとうございましたあっ!」と絶叫、
台の上の体育教師を引きずり下ろして胴上げするというサプライズをやってくれた。
これは体育教師の人柄、技量、熱い思いと生徒の気持ちがうまく噛み合った例だ。
俺はその体育教師と生徒達に惜しみなく拍手を送った。
こんなときは俺みたいな毒教師でも素直に感動するもんだぜ。

今日は予行。申し分ない天気だったが週末本番の天気が心配だ。
と日記のようなこともたまには書いてみる(笑)


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旬のネタなので、運動会シリーズで突っ走ることにする。
今回は体育会運営の裏事情を少々。体育の先生も安心して読んでくれ(笑)

体育会当日、生徒席と保護者席はそれぞれ別の場所になっている。
さすがに演技中に親子ごちゃまぜで座っている学校はないだろう。
生徒席と保護者席の間をどれくらいのレベルで隔離しているか、
これは学校によって様々だ。

 1.席は別だが隔離していない
 2.行き来しないように区切りの表示などがある
 3.各所に厳重なバリケードで区切ってある

2ではコーンや紐で区切って「保技者席」「生徒席」などと張り紙をして、
区画をはっきりさせておくのが目的。コーンや紐や張り紙は結界を示すアイコンなので、
物理的に強固な障壁とする必要はない。実際、越えようと思えば簡単に通ることが出来る。
来場者の良心に柔らかくうったえる心理的な仕切りと言ってもいい。
生徒席に保護者がまぎれこんで場所取りをするなど、無用の混乱を避けるためのものだ。

3は、防球ネットなどを組み合わせて簡単には越えられない防壁を作ってあるもの。
保護者席から生徒席に侵入されては困る状況のときに、ファイヤウオールとするものだ。
運動場だけでなく、校舎随所に紐を張り巡らせ施錠をし廊下には机を並べて塞いだりする。

不審者対策でもあるのだが、それよりも重点は、小学生や卒業生などのいわば関係者対策。

小学生は、中学校の体育会に来ていろんな所で遊んでくれる。
バスケやサッカーのゴール、フェンス等によじ登ってくれるので、
事故が起こらないように対策が必要になる。用意周到な学校なら低鉄棒にもひもを貼る。
ごめんな小学生、中学校は遊具はないんだよ。

卒業生だが、いろんな卒業生がいるけれども、

来て欲しくない奴に限って来るんだな

在校生にちょっかいをかけたりタバコ吸ってみたり菓子やペットボトルのゴミを
まきちらしたり、学校の前を2ケツのバイクでオンオン空吹かしながら流したり。
お前ら他に行くところないのかと。遊んでくれる奴はいないのかと。

…いないから中学校なんか来るんだよなあ。かわいそうに。
勘違いするなよ、卒業生は在校生と違うんだぞ。中学校に来て馬鹿なことしたら、
そこらの不審者と同じ扱いされるんだぞ。警察呼ばれるぞ。
世の中学校みたいに甘くない。

・・・などという連中から在校生を守るために、生徒席周辺に防壁を張り巡らせることもある。

校門に生徒指導が警備に立ち、不要な校舎入口は施錠し、トイレは1箇所に限定して
一日中立ち番がついて、それでもいつのまにか校舎に入り込まれて、
教室が荒らされたこともある。
こういう連中が入り込むということは、本物の不審者が入り込む隙もあるということだ。

そんなスカスカで危ないじゃないかという声もあるだろうが、
もともと公立校のセキュリティなどそんなものだ。
物的にも人的にも、悪意の行動から身を守るにはまったく不十分だ。

俺達教師はこんなことも考えながら仕事をやっている。
体育会で競技の運営にだけ専念していられたら、それはとても幸せな学校だ。

保護者でもないのに望遠レンズ握ってウロウロしてる男なんかまだマシだぜ、ほんと。
もっとも最近では女子のブルマが絶滅危惧種だから御期待にはそえないだろうけど(笑)


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体育会の会場となる運動場、正面の一番いい場所には何があるか?
そう、本部席という名前のテントだ。

テントの下には長机とパイプイスを並べ、
「校長」「PTA会長」「来賓席」などと張り紙がしてある。
あとは体育科の教師が座っていたり、得点集計の係がいたり、放送席があったり。
要するにイベント運営のコントロールルーム兼VIP席だな。

来賓席とは言いながら机があるのは最前列くらいで、後ろの方はただのイス。
体育会も昼ごろになってくると、後ろの方にいつのまにかビデオカメラ持った
保護者が陣取っていたり、じーちゃんやばーちゃんが団扇パタパタしながら
座っていたりする。

ところで俺は昔からこの「本部席」という言葉に違和感を覚えていた。
本部というと○○殺人事件捜査本部とか○○台風災害対策本部とか、
そういうイメージが強いのだ。なぜ体育会に「本部」なのか?

VIP席としての機能と場所、これはこういう人の集まるイベントでは必要だろう。
「校長」とか「PTA会長」とかの張り紙は、本人達の為にあるのではない。
結婚式の披露宴会場じゃないんだから、最初に案内されればそれで分かる。
大きな文字で書かれた張り紙は、ここに偉い人が座っているぞと
周囲に知らせるためのものだ。周囲というのは生徒ではなく保護者達。
自治会長とか議員のセンセイも座っていたりするし、時には
「只今市会議員の○○センセイがご着席いただきました」とか
実況放送まで入れる学校もある。

そんなわけで、VIP席は、VIPにとって演技が見やすい場所であると同時に
観客からも見られやすい位置に設置することになる。

それでは横に座っている体育教師、これはどうなのか。
来賓の相手は校長がすればいいので、体育教師は現場指揮の監督である。
ディレクターと言ってもいい。イベントを動かすスタッフのリーダーだ。

現場指揮者は、その役割から考えると全体が見渡せる場所にいなければならないが、
全体から見える場所にいる必要はない。
つまり真正面のど真ん中で偉い人と並ぶ必要はないんだな。

どうせまた軍隊の名残りとかいう話だろう、と突っ込まれそうだが
今回はちょっと違う。そうそう同じネタばっかりやっててもつまらんからな(笑)

文化祭の舞台を思い出してみてくれ。進行、大道具、照明、放送などのスタッフは、
みな裏方に徹して、出来る限り表に顔を出さないようにしている。
当たり前の話だが舞台の主役は出演者だからだ。

軍隊でも今時のイベントでは指揮所はVIP席と別になっている。
現場指揮者が偉そうな顔してVIPと並んだら本末転倒だ。
実際の戦闘では指揮所は前線のはるか後方。戦闘艦ではヤマトの沖田艦長のように
ブリッジで指揮をとることもない。構造物の中のCICと呼ばれる場所だ。

それでは体育会本部席に鎮座まします体育教師は何なのか?

NHKの大河ドラマ見てるか? 信長や秀吉が戦になると小高い丘の上に陣取り、
天幕を張り巡らせ将几にどっかと腰を下ろして采配を振っているだろ。あれだ、あれ。

体育会には大将が必要なのだ

軍隊といっても帝国陸軍ではなく、戦国時代にまで遡るんだな。

イベントに指揮官は必要だ。しかしその指揮官を観客に見せるかどうかは別問題だ。
生徒達を見てくれ、毎日練習してがんばって、こんなに見事にやってるぞ、なのか、

その生徒を訓練した俺を見てくれ

なのか。

主役は誰なのか考えれば、おのずと答は出てくるはずだ。

人手が足りなくて体育教師も総出で走り回っている学校もある。
ふんぞり返っていられる学校は幸せだと言うべきかも。


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体育会に限らず、学校では運動場に整列する場面がよくある。
体育の授業で運動場は当たり前だが、全校朝礼や学年集会など制服を着て集合することもある。

「整列ー、前へならえ!・・・元へ。気をつけ。休め。気をつけっ!」

さすがに朝礼で番号をかけさせる学校はないだろう。前へならえも減ってきていると思う。
生徒会の連絡や校長のお話があって、そのあとおもむろに生徒指導の先生が朝礼台に上がる。
生徒指導はなぜか校長より態度がでかかったりすることが多い。

「はい休め。気をつけええっ! ゴルァそこおっ! 名前言ったろか、ああ?」

斜に構えたままマイクわしづかみで叫んだり。

校長の話が長引いたり試合のあとで表彰がたくさんあったりすると、
倒れる生徒や気分が悪くなる生徒が出てくるので、ここらで座らせる。
たっぷり話を聞かせるための優しい教育的配慮だ。

「はい座れ。腰下ろせ、こ、し。しゃがめって言ってないぞー」

制服のまま土の上に座らされる。体操座り。これを嫌だと思うのは普通の感覚のはずだが、
学校では嫌がると怒られる。

土や砂、時には白線の石灰やらで汚れるのを気にしながら、地べたに座る。
運動場が湿っていると、湿気がパンツまで染み込んでくる。
冬には一見乾いているように見えた凍った土が、体温で溶けてくることもある。
その感触が気になって話なんか聞いてない。
目だけはうつろに前に立つ教師の顔を向いている。
やっと話が終わる。

「はい全員、起立!」

立ち上がると黒や紺のズボンもスカートも、見事にお尻に茶色く土がついている。
ぱたぱたと土を払う。そこですかさず、

「土をはらうなぁ!」

そのまま我慢させられて行進曲に合わせて行進して教室に入る。
校舎に入ったあたりで一斉にパタパタ。

体育の時間に体操服着て座るのと違う。制服だぜ制服。
校内だけじゃない、冠婚葬祭なんでもOKのスーパーウエアの制服だ。
詰襟にブレザー、ネクタイ、ラフな格好の制服はない。
サラリーマンがスーツ着ているのと同じ。

大人がスーツ着て地べたに座るか?

朝礼でなぜ座らせるか。長時間になると倒れるからという健康上の理由もある。
しかしそれなら、しゃがんでいれば済むことだ。

座らせる一番の理由は、ごそごそ落ち着きがない奴への対策なんだな。
つまり可動範囲を狭めてやれば、ゴソゴソがやりにくく目立たなくなる。
お尻をつけて座れば、動かせるのは手と頭くらいになるんだよ。
そうやってある程度静かにさせておけば、話を聞く体制になる。
少なくともじっとして話を聞いているように見える。

こうやって、新入生が新品の制服に泥をつけて帰ってきたときは、
何人かの親は眉をひそめるかもしれない。
しかしそれもすぐに慣れて、親子とも中学校はそんなもんだと思うようになる。
3年生にもなると、いちいち文句を言わず黙って座るようになる。
制服も使い込まれて程よく味が出てきている。

さて、今回俺はパンツに泥水がしみる話をしたいわけではない。
こうやって普通の服で地べたに座る習慣をつけさせられた中学生は、
卒業後もプライベートでも、平気で地べたに座るようになる。

街に出てまわりを見回してみろ。駅やコンビニの前や地下道で、
地べたに座りこんでいる若い奴らがたくさんいる。
大人よ、あれ、うっとーしいと思うだろ?

地べた座りは俺達教師が教えたんだ

これは見事な教育の成果だと思うんだがどうよ?

軍服はそのまま戦闘服なので汚れても平気、とか突っ込まないでくれ。
それではあまりに悲しすぎるから。


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きのうの続き。ちょっと調べてみたらいろいろ出てきた。

まず、大正時代の体育教師の半数は軍隊上がりだったということ。

これはまあ、当時の国策の向いていた方向だから、あえて俺がどうこういうこともない。
しかしこれが日本の体育教師のあり方のルーツだったんだなと改めて納得。

俺が子供の頃、

「運動中は絶対水を飲むな。飲んだらよけい疲れる!」

学校ではこう言われていた。嘘じゃないぞ。みんな信じていたんだって。
軍の貧弱な補給体制を精神力で補う(ごまかすとも言う)方便だったのだろうと、
今なら思えるが、学校でもちゃんとそれを継承したんだろう。
熱中症で死人が出る昨今では考えられない話だ。

その理不尽な体質の一面は、いまだに行進などで脈々と受け継がれている(笑)

もうひとつ。文部省は戦後すぐに軍事教練のノリにブレーキをかけている。
GHQの指導も入って当然な話だが、その中のひとつに

1946(昭和21)年06月28日:文部省、秩序運動に必要な号令や隊列行進、徒手体操などは、非軍事的態度で行うよう通牒。

というのがある。
おっかしいなあ、ちゃんとやってるじゃないか。いつの間に復活したんだ?

俺達教師は帝国陸軍伝統の密かな継承者だったのか!?

このあたり興味が尽きないので、調べてみることにする。
何か見えてきたら続きを書くかもしれん。勉強する必要もあるのでいつになるか分からん。
あてにせず待っててくれ。

今日もやったぜ体育会練習。もちろん行進も。
あ、駆け足もあるぞ。いっちにーさんしーごっ! ・・・・なんで5なんだ?


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体育会、開会式の入場行進。クラスのプラカードや旗を先頭に運動場に整列する。
おなじみの光景だが、綺麗に足をそろえて歩くには練習しないとうまくいかない。
「左、左、左右。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」
号令が聞こえてくると条件反射で足が動くのは、きっと俺のようなおっさん世代で、
若い奴ほど刷り込みは弱いんじゃないだろうか。

俺が小学生の頃は毎日朝礼があって、終わると行進曲に合わせて行進をして教室に入った。
それで慣らされているので、中学生になっても当たり前に行進をしていた。
だから、足の左右が合わない奴や手と足が一緒に出ている奴は笑いものにされた。
みんなちゃんと行進できてたんだな。

「ぜんたーい、止まれっ!」「いっちに!」

この「ぜんたい」は漢字で書くと「全隊」となる。全体というのは後からの当て字だな。
行進そのものが軍隊がルーツだから当然のことではある。
昔、軍事教練の中に分列行進という基礎訓練があって、それと基本的に変わっていない。
あー、そこの左のセンセイ達、ごまかさんでよろしい(笑) 
体育会でモロに分列行進している学校もあったぞ。

号令は体育の教師がかけるわけだが、言っちゃ悪いがヘタな奴が多すぎ。
別に曲の区切りに合わせて停めろとか高度なことは言わん。
だけどな、毎回号令かけるたびに
「ぜんたーい」「ぜんたいー」「ぜんたああああーーい」とか
引っ張る長さ変えるの止めてくれんかな。

それで「止まれ」も、頼むから右足か左足かどっちかに決めてくれよ。
「いいかー。止まれ!のあと『1、2!』で止まるんだ」
生徒はよくこんないい加減な号令のかけ方で止まれるもんだと毎回感心する。
「こらーっ。揃ってなあい! 1、2で一斉にとまるんだあ!」
そんなクソ号令で揃えられるか。お前ら体育教師何年やってるのかと小一時間(以下略)

「手は指先ぴんと伸ばして肩まで上げる! 膝は腰の高さまで!」

それ本当にやったら変なんですけど

黙って行進してる生徒達、おまえら偉いよ、本当に。

ところで、学校以外に行進のお手本ってどこにある? 世の中見回してみろ。

オリンピックの入場が歩調を合わせた行進でなくなって久しい。
行列に変わったのはアメリカのどっかの時だったと思うのだが、正確なことは分からん。
開会式の映像を年代順に片っ端から見ていけば分かるんだが、誰か知らないか?

で、お手本だが、高校野球も学校関係だから除外する。国体も延長線上だな。

オリンピックの閉会式入場は、元々ぞろぞろ行列でお祭りムードだった。
戦い終わったあとのなごやかな雰囲気の中、活躍した選手達の笑顔が輝く。
お祭りの行列やパレードは、整列行進と同じように見えながら微妙に趣旨が違う。
みんなで祝い、見てもらうための行進なのだ。誰の為に歩いているのか。
ここがけっこう重要なポイントだ。試験に出ないけど覚えておくように。

肩まで手を振り上げる行進…こういうのを最近どっかで見たと思ったら、
北の将軍様の国の軍事行進だ。正確には手でなくてぴんと伸ばして腰まで振り上げる足。

体育会でこれやらせたいのか?

俺は将軍様の国を悪く言っているのではない。
歩調を揃えた整列行進は、一糸乱れぬ統率の象徴に他ならない。
軍隊なら間接的にその錬度を誇示するものだ。軍隊の目的はひとつ。単純明快だ。
かの国ではあの行進が必要なのだ。
しかし、少なくとも自衛隊は観閲行進でそこまでの歩き方はしない。

ガチガチの行進が軍国主義の復活だとか青いことを言う気はない。
だけどな、何で行進をやらせてるのかよく考えろ。形には意味があるんだ。
みんな歩調を揃えたら綺麗だ。そんなもの分かりきっている。

ではオリンピックの入場行列は見苦しいか? 違うよな。
体育会でぞろぞろ入場行列やらせたら、きっと見苦しいだけだ。

昔から行進させているからというだけで、ろくに意味も考えずにやらせている教師よ、
この違いは何なのか、どこから来るのかよーく考えてみろ。

今の時代に生徒達にどんな行進をさせるのか、あるいはしないのか。
保護者に見てもらうためでもある体育会の入場行進で、
学校で俺達が教えてきた何をどのようにして見せたいのか。
ビデオカメラを構えて並んでいる保護者が何を見たがっているのか。
よーーく考えてから号令をかけろ。

「左、右、左、右、・・・」

GHQは軍事教練を断ち切ったはずだが、いつごろから行進が復活したのだろう。
そもそも日の丸君が代で大騒ぎするセンセーたちは何も思わなかったのか? 謎だ。


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うちの学校では、この時期毎日体育会の練習をしている。
練習半日で終わらせたという進歩的な学校のコメントももらったが、
そこまで簡略化はされていないものの、さすがに一日中練習したりしない。
そんなしんどいのは生徒も嫌だろうし、俺も嫌だ(笑)

「しんどい中でがんばるのが大切だ」などと言うが、この時期のしんどさは
実は暑さがほとんどなんだな。ちょっと涼しいと思ったら雨が降って濡れる。
もっと過ごしやすい時期にやれば少しはマシなはずなんだが、
体育会本番を9月末から10月頭に持ってくると、練習はどうしてもこの時期になる。

まあそんなわけで、毎年体育会の練習シーズンになると欠席がちになる子や
保健室に行く子が多くなる。お腹が痛いとかいろいろ言ってるが、
要するに体育会の練習が嫌なんだな。そりゃそういう子もいるよ。仕方ない。

誰でもがスポーツや団体競技が好きなわけじゃない。
運動が得意な者にとってはヒーロー、ヒロインになれるチャンスだが、

体育が苦手な子にとっては
衆人環視の元で恥を晒される拷問だ


これってテストの順位を廊下に貼りだすのと同じだと思うんだが。
今時の公立校で成績貼り出しなんてやったら人権問題になるぜ(笑)
体育会だったらいいらしい。そこんとこ俺にはどうもよく分からん。
いずれにせよ、体育会は欠席や不登校、見学者を生み出す原因のひとつとなる
罪作りな行事であることにはかわりがない。

しかしそんな少数派のぼやきや悩みは大勢には影響が無い。
行事は歩みを止めることなく圧倒的な勢いで砂埃立てつつごりごりと進んでいく。
そして本番、いくつもの名場面と珍場面の中からたくさんのヒーロー・ヒロインと
伝説が誕生し、勝利の歓喜、敗北の悔しさ、担任の熱い思いを全て飲み込んで
嵐のように通り過ぎていく。

体育会と一口に言うが、実はその内容は学校によってずいぶん違う。
何をやるか指導要領で決められているわけではない。だから工夫次第でどうにでもなるはずだ。
昔のように「心をひとつに」という言葉だけで全員がまとまる時代じゃない。
苦手な子の恥を晒さないようなコンテや、ヒーローヒロインと感動を生み出す演出、
練習時間と効果の妥協点、演技者の楽しみとやりがい、観覧者の見ごたえ、
そういったきめ細かい配慮を積み重ねてプロデュースするのが今時の体育会だ。

体育会練習中の全国の先生方に告ぐ。
何十年も前に自分が経験した体育会と同じ場面を再現しようとしていないか?
時代は変わっている。それでいいことと、それではダメなことがあるんだぞ。
生徒たちにやらせようとしていることの意味をしっかり考えろ。

よく考えたらこれは体育会シリーズの前書きだな。順序が逆になってしまった。
次回は「行進練習」。さて、このキーワードであなたは何を思い浮かべるか?


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2学期は行事が多い。夏休み気分も暑さも抜け切っていない9月はじめ、
まず体育会の練習が始まる。
春にやってる学校とか前後期制のところは、ちょっと我慢して読んでくれ。

呼び名は何でもいい。体育会でも体育祭でも運動会でも俺はこだわらん。
「体育会は文化祭みたいな祭と違うんだ!会だ会!」と叫ぶ体育教師がいた。
こういう奴に限って本質は分かっていなかったりするのだが、
まあそんなことはどうでもいい。

以前は体育会の練習に膨大な時間をかけていた。
この時期、はっきり言って教科の授業なんか適当だ。
教科によっては、9月は1回しか授業ができなかったりする。
もともと週1回しかないような音楽とか美術とか技術家庭科な。

そんなもの計画的に時間割を組んでおけばよさそうなものなんだが、
この時期はまたよく雨が降るんだよな。秋雨前線とか台風とか。
毎日降り続いて、本番が近づいているのにまともに練習ができない。
走るくらいならぶっつけでも何とかなるが、団体演技はそうはいかん。
仕方なく、急遽丸一日体育会の練習になったりする。

最近は「授業時間確保」がうるさく言われるので、
あまり極端なことは減ってきているはずだ。
そりゃ団体演技なんか時間をかければ出来るのは分かっている。
限られた時間で出来て見栄えする演技を企画するのが賢いやり方だ。
何十年前と同じ発想ややり方では、今時の学校はやっていけない。

体育会というとネタは大盛りで、言いたいことはいろいろあるが、
今日はとりあえず一発目なので、きつめのから行く。

ということで懐かしの棒倒し。

もう今はあまりやってないと思うんだが。
理由は危険だから。
俺を含めて経験者には実感できるだろう。あれは格闘技だ。
いや、そんないいもんじゃない。乱闘、いや、部分的には一方的な暴行に近いな。

棒を立てている人間ダンゴに向かって突進し、人の頭を踏みつけて
よじ登って棒に取り付く。上に乗ってる奴は気分いいだろう。
下の奴はたまらない。頭に泥がつくくらいたいしたことは無い。
遠くから跳び蹴りで膝が入る。倒れてうめいていても誰も見向きはしない。
実際、あからさまにゲンコツ振り回したりしない限り、
ドサクサで何をやってもよかったんだな。相手がケガしても競技のうちだし。

なにしろ学校公認の暴力大会だから

「お前もよじ登る方に回ればいい」と昔の教師は言った。
しかしな、あれは学年の生徒の中で厳密な力関係があって、それを無視して
頭踏みつけたりしていると、あとでえらい目にあうんだな(笑)
よじ登る役に回れるのは限られた何人か。要するに強い奴。
それ以外の一般人はおとなしく無難に立ち回らないと生き残れない。
気の毒だが、やられキャラの奴は何をしてもボコられる運命にあった。

否定的なことを言っているが、俺は種目としては面白いと思う。
思い切り人の上によじ登っていいなら、もう一度やってみたい。
誰だってそうだ。踏まれるより踏みつける方が気持ちいいんだよ。

何が問題だったかというと、生徒全員にやらせたこと。

狼と羊と豚を一緒にしたらダメなんだよ

狼、つまり希望者のファイターばかり集めてやったら、
それはすさまじくも見ごたえのある格闘技になるだろう。
お互い納得の上だから少々のケガで文句は言わないし、ファイターが集まれば
バトルにはなっても一方的な暴力にはならない。
今でも通用する勇壮な競技になるだろう。

力の差はあっても全員が狼になれた時代には、棒倒しは華のある競技だった。
その本質を忘れて形だけを残し、問題を含んだまま誰も知らんふりをしていた。
一方では人権とか差別とかが学校で激しく語られ始めた時期だった。
それが俺の中学生時代だ。

俺は羊であることが嫌だったが羊であり続けた。
だから今こうして別の牙を剥いている(笑)


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またこういうニュースで気が重い。
女子学生殺害 容疑者の事件当日の服装特定(9月4日 日テレNEWS24)

 容疑者の男子学生(19)、バイクはホンダのエイプ(青)
 水玉模様のシャツ、茶色の長ズボン、白い靴、オレンジ色のリュック


公表されている情報はこれだけ。
わざとボカした顔写真に俺はものすごい違和感を覚えるんだが。

名無し顔なしの指名手配って何?

学校関係者や近所の住人は、容疑者が誰かみんな分かっている。
テレビでは、容疑者の小学生時代の作文まで映していた。
しかし名前も顔も公表されない。未成年だから。

少年法について思うところはあるが、俺がグダグダ書いてもつまらんから
誰かが書いたのを読んでくれ。いいのがいくらでもある。

ただ、これは俺達教師にとってけっこう身近な問題なんだな。
テレビの画面の向こうのどこかで起きた事件として、
知らん顔もしていられない。

学校の近所で「変質者(あるいは痴漢)」が出た、というのはよくある話。
俺達は校区内を巡視したり生徒に集団で帰るよう呼びかけたりする。
人相や服装も、警察や関係機関から情報が流れてくることもある。
さすがに顔写真まで回ってきた経験はない。

しかしもっと重大な事件だったらどうなるのだろうか。
十数名を殺傷した少年(19)が校区内に潜伏中、
こんな状況でも未成年だったら顔写真や氏名は公表しないのか?
知らん顔して生徒達とすれ違うかもしれないじゃないか。
危ないじゃないか。子供達を守るのも俺達の仕事なんだが、
こういうときはいったいどうしたらいいんだ。誰か教えてくれ。

犯人がどこに行こうが見つかろうが動機が何だろうが
亡くなった人は戻ってこない。残るのは無念の思いのみ。合掌。


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2学期早々暗いニュース。
「神戸で中1男子が飛び降り自殺、宿題終わらず悩む?」(9月1日読売新聞)

続報がないので詳細は不明だが、これが事故でなく本当に自殺だったとして、
彼はなぜ自らの命を絶ってしまったのだろうか。
「え? 宿題終わらなかったからだろ?」
違う違う。よく読め。そんなことはどこにも書いてない。

生徒の保護者は「夏休みの宿題が多く残っており、気になっていたようだ」と話しているとあるだけだ。
よく考えてみろ。こんなことは、夏休み終り近くになって宿題が残っている者全員にあてはまる。

こういう記事を読んで「残った宿題を苦に自殺した」と早とちりしてはいけない。

でもこの記事、そう思わせるように書かれてるけどね

事実の断片を並べて、断定はしないが巧みに料理してある。
なぜそんな風に書くかは、亡くなった彼の為にあえて説明しないことにする。
このブログは中学生も読んでくれているし、あまり早くから社会の毒に染まってもいかん。
自分で考えてみてくれ。

仮に、本当に終わらない宿題で悩んだ挙句の自殺だったとしようか。
宿題は命と等価交換しなければならない程のものではない。
いや、命と引き換えに宿題が終わったわけではないか。
やらずに済ませるために命を絶ったのだったら、あんまりだ。
そもそもそれほど気になるのなら、きちんと終わらせているはず・・・

などといくら考えても、結局本当のところは誰にも分からない。
実は本人でさえ分かっていなかったかもしれない。
あとから周りの者が想像して勝手に理由を考えて納得してもどうなるのか。
俺達に出来るのは、もう戻ってこない彼の冥福を祈ることだけだ。

「1日に絶対に提出という指導はしていない」って嘘だろ。
普通そんないい加減なこと言わないって。
メチャクチャな突っ込み入れる奴がいるから警戒してこんなコメントになる。哀れな稼業だ>校長


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