公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
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2月に書いた記事"文部科学省から派遣教員"の続報があったのでフォローしておく。

袋井と高松の中学に職員派遣へ 文科省初 (2007/03/22 産経新聞)
 文部科学省は22日、平成19年度に学校現場へ派遣する職員2人の派遣先などを明らかにした。2人は公立中学校に着任し、学級副担任と社会科の授業を受け持つほか、部活動やPTA活動などにも参加する。文科省が授業を受け持つ職員を派遣するのは初めてで、期限は1年間。
 派遣されるのは、平成15年度入省で官房人事課の女性職員(27)=静岡県袋井市立袋井中学校へ派遣=と、17年度入省で同総務課行政改革推進室の男性職員(24)=香川県高松市立紫雲中へ派遣=の2人。
 同省によると、教員免許保持者を対象に省内で公募したところ十数人から応募があった。


若手職員というのは最初から報道されていたが、社会人経験4年と2年か。

・・・いや、若くてフレッシュでいいじゃないですか、うん。

きっと中高一貫の私学出だから、公立中学のバイタリティあふれる現状が彼らの目に新鮮に
映ることは俺が保障する。このブログを読んで予習しておくとさらにグッドだな(笑)
派遣先の袋井市立袋井中学校高松市立紫雲中学校がどんな学校なのか分からないが、
たとえお行儀のいい生徒ばかりだったとしても、貴重な経験となるだろう。

派遣先での仕事だが、まあ1年で消える教師だし責任が重いので担任は持たさないわな。
部活動は何部かによって勤務時間奉仕時間に激しく差があるからな。
試合も練習もガンガンやってる運動部がおススメ。土日ないから。盆と正月三が日くらいだな。
PTA活動って書いてあるが、別に仕事ってほどのもんじゃない気もする。
管理職や主任クラスならともかく、若手には用はなさそうだが、地域のゴミ拾いとかか?

この若い2人の派遣教員の双肩に日本の教育の未来がかかっている、とは思わないが、
少なくとも俺の期待はかかっている。お願いだから、

途中で公立中学の正直な感想聞かせておくれ

たとえそれが日本の教育に反映されなくてもいいから、あんたたちの目にどう映るのか、
俺はそれが知りたい。

ということで続報があれば随時追っかけることにする。
報告は1年後、なんてことになってほしくないなあ。


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新設中学校へ転勤になったことがある。

4月1日、転任になった教師は新入生のように期待に胸ふくらませて、バリバリの新築校舎に
集まった。入学式を1週間後に控え、初めて足を踏み入れた未使用の校舎は当然だが美しく、
壁に足跡もついていなければ床にガムのカスもこびりついていないピカピカだった。
ガラス張りのドア、広くて装飾を施された玄関ホール。
それまで木造校舎やプレハブ、トムとジェリーのように本当にネズミ穴が空いた学校やら、
ボロい勤務先ばかりだった俺は狂喜した。

ところでスタッフの初顔合わせから開校まで、立ち上げに1週間か、と思われた民間の方は
いらっしゃるだろうか。短いと思われるかそれで十分だと思われるか俺には分からんが、
公立学校はそんなものだ。今日のネタはそのことではないので、話を先に進める。

運動場に出て校舎を見上げた俺達は、あることに気づいて絶句した。そして頭を抱えた。

教室にベランダがある(ToT)

何言ってるんだ、ベランダぐらいいいじゃないかと思うだろ? ところが違うんだな。
こういう設計の校舎は、「生徒指導上」とんでもない欠陥品なのだ。
「」をつけたのは業界用語だから(笑) どういう問題があるのかこれから説明する。
そんなもん分かってるぞ、と苦い顔をした教師は、この記事はパスしてよろしい。

晴れた日の昼休み、2階の教室のベランダに出て運動場を眺めながら談笑する中学生たち。
下を通った友達に笑顔で手を振る。チャイムが鳴ると教師が下から声をかける。
「おーい、授業始まるぞ~、教室に入れよー」「はーい!」明るく答える女生徒たち。
入札で設計を請け負った工務店の設計士は、そんな学園青春ドラマの1場面を想像して
図面を引いたんだろうな、きっと。

現実はどうだったか。

開校後数年たち、学校が荒れ始めた。荒れた原因は校舎とは関係ない。また別の機会に書く。
ベランダを物置代わりにして体操服や靴やら置いていたうちはまだよかった。
マンガ本やらお菓子やら不要物を隠していたのも、まあご愛嬌だ。

終りの会をやっていてふと気づくと、隣のクラスの男子が数名ニコニコ笑ってベランダに立ち、
窓から覗きこんでいた。知らん顔して入り込み、欠席者の机に座っている奴までいる。
ベランダはその階の教室全部を貫通していた。つまり隣のクラスもその向こうもイケイケな。
「お前ら何してるんだ?」「うちのクラスもう終わったから」「廊下で待て廊下で」
「ういーっす」「こら、中を通るな中を。自分のクラスに戻れって」

ベランダを脱出通路にして、授業中にいつのまにかいなくなる奴が出てきた。
そして他のクラスの後ろをネズミのように走り抜けて、廊下へ出て行くのである。
イケイケベランダの手すりは、安全を考慮して鉄格子でなく腰上のコンクリ壁だった。
この構造だと、腰をかがめてベランダを通れば教室の中からも外からも見えないのである。

だんだん状態が悪化してくると、ベランダに座り込んで煙草を吸う奴が出てきた。
たとえば体育や音楽や美術や、移動教室のときに授業をエスケープしてクラスに戻り、
ベランダに隠れてくつろいでいるのである。
生徒がいなくなったら、当然教師は探し回る。教室やトイレなら中をのぞくだけだが、
ベランダに座り込まれると、いちいちベランダまで出て行かないと発見することはできないのだ。

終いには、ベランダにマンガ本や他人の教科書やプリントを積み上げて焚き火を始めた。

ここに至って、ついにベランダは封印された。すべての教室のベランダに通じるサッシ戸は
ネジ止めされ、ベランダに出ることは出来なくなった。
その後、この中学校で封印が解かれたかどうかは知らない。俺は転勤したからだ。

荒れたのはベランダのせいじゃない、ダメ教師とケダモノ生徒のせいだろうって? ごもっとも。
設計士が夢見た平和な学校が理想に決まっている。しかし公立中学校の現状はこうなのだ。

荒れた学校ではベランダは凶器となる

そして問題点は、俺達教師が新築校舎のベランダを見たとたん予測したことが、そのまま
現実になったという事実の方だ。それが分かっていて、なぜ新設校にベランダをつけたかって?

現場の声を聞かずに設計したからだよ

業者に発注して学校を作らせたのは、教育委員会の、設備とか施設とか管理の担当部署。
つまり基本的に教育現場を知らない行政の事務方だな。たまたまその時その部署にいただけで、
学校の施設にどんな仕様がいいのか、現場で何が予想されるのか分かるはずも無い。
だからといって、事務方がいちいち現場を視察して回る必要はない。
必要な仕様さえ把握できていれば、きっちりと業者に発注していい校舎が出来上がる。

本当の問題は、現場の声を取り入れて仕様を決定するシステムができていないことだ。

これは俺達現場の教師に解決できる問題ではない。しかし事件は現場で起きている。
教育委員会にいる指導主事、つまり現場を知っている元教師にがんばってもらう他はない。
教育委員会がいったい何をしているのか、一般の人には分かりにくいだろうが、
こういったプロデュースも業務のひとつだ。…って、実は出来てないんだけどな(笑)

実は教育のハード面に無関心な教師も多い。「与えられたもので努力するのが我々の仕事」とか
戦前みたいなことを平気で言うジジイもいる。与える時点で努力しろよ。
一方で組合が直接校舎設計を仕切っている地域もある。いい仕事もしてるんだけどな。


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読者の皆様の中高生時代、体育の授業の着替えはどこでしていただろうか。
正確には「させられていた」だな。勝手にトイレでじゃなくて教師に指示された場所の話だから。

俺の場合、中学校は教室で、高校時代は男子は外(笑)だった。もちろん男女別々。
運動場の隅っこでパンツ晒して着替えるのは、最初は恥ずかしかった。好きな女子も通るしな。
それが当然の感情なんだが、毎週何回も体育があるので、すぐに麻痺してしまった。
放課後の運動部なんか平気でフリチンで着替えている奴がいる。お前の○○○なんか見たくない。
教育とは、げに素晴らしき恐ろしいものなのである。
恥ずかしさよりむしろ冬場の寒さがこたえた。授業前、まだ体が温まっていないときは特に。
そして授業のあとは学生服が冷え切っている。途中で雨でも降ろうものなら悲惨だ。

最近は外で着替えさせるのは減ってきているはずだ。保護者や通行人から苦情が来る。
当たり前だ。こういう当然の要求を「保護者が文句を言ってくる」などと傲慢な態度で拒絶する
教師がいる。おのれを何様と思っているのか知らんが、こういうのは時代錯誤の絶滅種だ。
部活の男子はめんどくさいから外、というのはある。メンバーが一緒に着替えるのも楽しい。
しかしまあ、いくら設備のない公立でも、体育の授業では屋内で更衣させる時代だろう。

ところが、教室は教室でも男女一緒の部屋で着替えさせられている学校があることを知って
愕然とした。そ、それってひょっとして、水泳の授業でもそうなんだろうか?

目の前でスク水生着替えである

そんなうれしい破廉恥な状況が多感で純真な思春期の男女に許されていいのだろうか。
最近の過激な性教育の成果は、俺のようなオッサンには理解不能な領域まで行ってるのだろうか。
それともこれが男女平等教育とかジェンダーフリーとかのカタチなのだろうか。

一方では、小学生でも1年生から男女別にしているところがあるというのに。
中学生にもなって男女一緒に着替えさせられているなんて、これはだな、えーと、・・・

ちょっと待て。いちいち解説するようなことか?

男性教師が女子生徒の肩に触れただけで、変態セクハラと騒がれる世の中だ。
男性教師が、女子生徒と2人きりで別室指導しただけで問題にされる世の中だ。
なのになんでそんなことが許される? 教師と生徒はダメでも、生徒同士だったらいいのか?
あ、そうか。そんなこと言ってる変態教師集団だから、平気で男女同室着替えをさせるのか。
そうやっておけば、男性教師も生徒の着替え中に堂々と入って行けるもんな。

まあ男女同室着替えと言っても、女子は肌も見せずに知恵の輪のように上手に着替えるから、
残念ながらオッサンが想像するような赤裸々な状況にはならない。
けど、だから大丈夫ってもんじゃないけどな。

それから、男女同室着替えは、ちょっと別の問題も含んでいる。

体育や水泳の授業の後、女子は教室で髪型やメイク直し、陽焼け体策に忙しい。
こういう化粧直しの類は、本来公衆の面前でやるものじゃなかったはずだ。
社会人なら洗面所や更衣室でするものだ。
更衣室すらない学校で、しかも男女同室着替えだと、それを堂々と男子の前でやることになる。
男女別室だと、窓ガラスに紙を張ったりカーテンを引いたりして、結界の中で着替えと共に
人目を忍んで(笑)やる行為だ。トイレに行ってやっている子もいるが、狭いし面倒なので
着替えのついでに教室で済ませてしまう。

着替えすら男子の前でするんだから、化粧直しをするくらい全然どうってことない。

さて、これがどういう結果を生むか、賢明な読者の皆様はこの話のオチにお気付きだろうか。

電車の中で化粧をする女子は学校が育てたのだ

地べたに座る若者も、どこででも化粧する女も、間違った学校教育の成果だ。
こんな結果を招いた教師に若者のマナーを嘆く資格は無い。
施設がないとか、密室で何をするか分からないとか、屁理屈をつけて恥を麻痺させる教育に、
とてもじゃないが美しい日本の文化も伝統も継承することは出来ない。

恥を知れ。そして恥を知らせろ。

高校生時代、姉妹都市だか何だかでアメリカの高校生が部活をやりに来て、汗だくで終了後、
シャワーがないのを知って "Oh! my god!" 目が点になっていた。
国に帰ってから日本人は野蛮で不潔なイエローモンキーだと吹聴しまくったんだろうな(笑)


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このニュース、読んだ瞬間に皆様はどんな印象を持たれただろうか。
中身そのものよりも、実はそのことの方に興味があるのだが。

先生も塾へ 生徒の気持ちのひきつけ方を講座 (2007年03月17日 朝日新聞)
 塾講師のノウハウを教えます――。進学塾の早稲田アカデミー(本社・東京)は今月から、現役教員らを対象に「教師力養成塾」を始めた。教科の内容ではなく、声のかけ方から目線の合わせ方まで、生徒の気持ちをどう引きつけてやる気を引き出すかがテーマ。講師一人ひとりの教える力が経営に直結する塾の「基本のき」を、学校現場にも売り込んでいく。 (以下略)

いかがだろうか。

「最近の教師は、とうとう塾に教えてもらわなければならないほど落ちぶれたのか」
あるいは、
「これで少しでも学校の授業レベルが上がるなら結構なことじゃないか」
だろうか。

この講座が出来た経緯はこういうことだ。

 早稲田アカデミーは2年前から東京都港区、昨年からは足立区で、それぞれ公立中の補習授業を受託している。その際、講師の身ぶり手ぶりを間近に見た中学校数校から「ノウハウを学びたい」との要望が寄せられ、昨秋から研修の講師を派遣してきた。こうした実績を踏まえて事業化することにした。

まず肯定的な立場で書いてみようか。

大手の塾や予備校に、カリスマ講師と呼ばれるほど高い技術の人材が揃っているのは当然だ。
市場原理に従って経営される塾で組織の存続をかけて淘汰され磨かれた講師が、しのぎを削って
数字を叩き出している。数字=合格者数で実に結果が分かりやすい。やる気のある生徒を選択し、
結果の出せない講師は捨てられるが、稼ぎ頭の優秀な人材は高待遇なのも当然だ。
私学にも似たような面はある。特に進学校ではその傾向が大きくなる。

そこに目をつけた公教育が、授業を部分的に外部(民間)委託してるわけだな。
思いの他というか案の定と言うか、派遣されたいい講師がいい授業をして効果的だったのだろう。
それに刺激を受けて、さらに授業のノウハウの研修も依頼した。
とにかく良いものは積極的に学ぼうというのだから、事態は悪くはならないだろう。

港区も足立区も、なかなかしゃれた金の使い方をするなと思う。
単発の外注なので、教師や講師を増やすよりははるかに安上がりで、若い教師を中心に
研修させれば、将来への投資になる。

次に突っ込みを入れてみる。

新人を自力で育てられない組織など腐っている

これ、当たり前だよな。新人をいかに効率的に育成し、現場で使えるようにするかは、
企業にとって重要なことだ。それがまともにできない組織は、民間なら滅びるしかない。
それがだな、なんと教師の本分である授業をきっちりこなすノウハウを教えられないとは何事か。

公立学校に優秀な教師がいないわけではない。ただ、その貴重なノウハウをしっかり伝える
システムが出来ていないのだ。もう少し正確に言うと、従来は、システムなんか無くても
授業の空き時間に雑談を交えて新人教師を指導してきたのだ。
あるいは、特に教えてもらわなくてもまわりを見て技術を盗み取る職人の徒弟制度的な習慣と、
そうやって向上していこうとする気概のある教師がいたのだ。

だから、大学を出たばかりの新人教師がいきなり担任を持って授業をしても、なんとかなった。
実際にはなっていないところもいろいろあったが、世間も大目に見てあまり突っ込まなかった。
俺が優秀な教師かどうかは別として、20数年前に授業の仕方の研修なんかなかったし、
見習い期間もなかった。いわゆる民間で言う新人の研修期間もなく、4月からいきなり実戦投入。
俺はわけも分からずヒーヒー言いながら毎日の授業をしのいでいたぞ。

もちろん今でも、新人をいきなり実戦投入していることには変わりはない。
ただ、新採用研修と称する講義は増えてきているし、専任の指導教官も徐々につくように
なってきた。昔に比べたらうらやましい限りだ。

そのかわり、授業の空き時間に机を並べたベテラン教師が新人を指導する時間はほとんどない。
ゆとり教育のおかげで、総合的な学習やら選択やら、よく分からん授業時間がどんどん増えて
余裕がなくなってしまった。

そしてさらに、新人は新採用者研修に校外に出て行く機会が増えた。出張だな。

こういう研修は内輪で安上がりにやろうとするのが公教育の常だが、教育委員会の指導主事や
どっかの校長でお茶を濁すと、毎度おなじみの分かりきった話や、ひどいときには途中から
説教になってみたり、過去の自分の自慢話大会になったりして退屈この上ない。
大学の先生に依頼すると、御説いちいちごもっともだが現場の実情とはちょっと離れていたり。

ある意味、授業の本当のスペシャリストは

塾や予備校の講師だったりするわけだ

今の俺達公立義務教育の教師の仕事は、授業以外の他の要素が多すぎる。

研修の間、授業は自習になるが、教師の研修の為に授業が遅れても困るので、時間割を操作して
自習にならないよう授業を詰め込んでいく。こうして空き時間はますますなくなる。
その新採研修が実りのあるものならいいが、ほとんどが授業そのもののノウハウではなく、
前述したような有難いお話が中心。最近ではカルト宗教まがいの怪しい体験的研修も増えてきた。
生徒を教えることが日常業務なのに、新人を体系的効果的に育てることは苦手なようだ。

え、出張なんか5時過ぎてからやれって? 

役所のエアコンもエレベーターも5時で止まっちゃうんだよ

ということで、こんな背景から出てきたのが、冒頭のニュースだ。
いかがだろうか。もう一度ニュースの全文を読んでいただいて、最初の印象と変わったかどうか
聞かせていただけると有難い。

あれ、この教師塾に申し込んでいるのは私立の中高一貫校の教師ばかりじゃないか。
ますます私学のレベルが上がるわけだ。自腹切ってまで申し込む公立教師は誰もいないのか。
もっとも私学教師は首がかかってるかもしれんけど。だったら3万5千円は痛くない出費だな。
あ、逆に私学は学校が受講費出してるかも!? 有望な教師ならあり得るな。


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なにげなくNHKを見ていたら、教室風景が映っていた。足の踏み場もないほど床に散乱する
バッグ、靴袋、机上に盛り上がるジャージ類。散らかった教室だなあと思って見ていたら、

この高校は教室にロッカーがないのだ

アメリカのように廊下にロッカーが並んでいるというオチではない。本当に何もないのである。
いくら公立とはいえ、そんな学校があるのは知らなかった。びっくりした。

ロッカーと言うと聞こえはいいが、教室の後ろにある棚。体育館シューズやスケッチブック、
習字道具や、時には不要物を隠したり置き勉をして便利に使っていた、あの棚だ。
俺は自分が小学生のときからずーっと教室の後ろか横にはロッカーがあるものだと思っていたし、
この仕事をするようになってからも、赴任した学校にはどこもロッカーがあった。

それがこの高校にはないのである。そりゃ散らかるぜ。収納スペースがないんだから。
床は足の踏み場もなくなって当たり前だ。美しい学習環境は望むべくもない哀れな状況だ。

ちなみに「置き勉」とは、教科書類を教室に置いて身軽なカバンで通学することを言う。
「教科書を持って帰らなかったら家で勉強できない」というのが置き勉を禁止する理由だが、
だいたい置き勉してる奴がそんなもん持って帰ったって勉強するわけないし(笑)、
本気で勉強する奴は塾や予備校のテキスト使ってるから、家で教科書なんかいらないわな。

この番組、ロッカーのないかわいそうな高校生の実情を訴えるのかと思ったら続きがあった。

問題の高校は香川県立志度高等学校。 この高校は「学校会議」と称して、教師、生徒、保護者での話し合いの場を持っており、番組はその会議の様子を紹介していた。
会議の中で生徒からの提案の中に「教室にロッカーを設置してくれ」というのがあり、その前振りで、散らかった教室の惨状を生徒がプレゼンしていたのだ。

生徒の訴えに対して女性職員(事務方か?)が冷たく答えていた。

「そんなお金はどこにもありません」

そりゃそうなんだけどな。全教室にロッカーを設置できるほどの金は余っていないわな。
しかしな、「おかーちゃんプレステ3買ってぇ~」「うちにはそんなお金はありませんっ!」
家で駄々をこねるガキを叱っているんじゃないんだからな。少なくとも、保護者まで参加する
会議と名のつく集まりで、大人が正式答弁として発するセリフじゃないと思うんだが。

あの雰囲気では、ロッカー設置の審議自体が取り合ってもらえなかったようだ。
きっちり審議して「じゃ設置に向けて検討しましょう」という流れの上で職員会議となり、
来年度は余裕がないが、その後から予算を組もうかとかいう話になって、その報告として
「来年度は予算がありません」なら分かる。しかしそれには程遠いようだ。

なぜなら、女性職員の次に小肥りの男性教師が斜に構えてこう言ったからだ。

「ロッカーなんか置いたら置き勉するから」

俺はぶち切れた。

こんな子供だましの理由を、保護者もいる前で堂々と言える神経も疑うが、

その教室、お前が設計したんじゃないだろーが

いつ出来た校舎か知らんが、当時の香川県教育委員会の高校教育課が、ロッカーのない仕様の教室を工務店に発注して書類にハンコをついたんだよ。志度高校の生徒はそういう教室環境で十分だと判断したわけだ。
そのときに教育委員会で「置き勉するからロッカー無しにしよう」なんて検討はされたのか? 
してるわけないって。

それとも校舎が出来た後、志度高校の職員会議で
「この学校の生徒はロッカーなんかあったら全員置き勉をするに決まっている。生徒は信用ならない。だからこの学校の教育方針として未来永劫ロッカーは置かないこととする」
って決めたのか? まさか違うよな(笑)

お前の思いつきで言っただけだろ

この高校のホームページに掲載されている「学校会議」の報告書を見ると、ロッカー設置希望の他に、、「くるぶしソックスを許可しろ」とかイタい提案も混じっていて、苦笑してしまう。

「男子がパッチをはく際、スクールソックスだと、うっとうしい」

これには笑ったぞ。志度高校の生徒諸君、これはもう少し練ってから持っていかないと、
せっかくのマジな提案もまとめて一蹴されてしまうぞ。

ロッカー設置なんていう議題は、教師にとってみれば痛い所を突かれていることになる。
県教委レベルで、生徒の教育環境を十分に整備できていなかったことを認めることになるからな。
それに金がからんでくるから教師だけではどうにもならず、事務方がうんと言わないとダメ。
要するに、くるぶしソックスと違って、教育の本質にもかかわる、けっこう面倒な提案なんだな。
それを生徒に突っ込まれて改善するのは面白くない。だから他提案のアラにまぎれさせてしまう。

逆に、だからこそ、ロッカー設置となれば、「生徒の提案を取り入れて教育環境を改善した太っ腹な学校」という美談に化けさせることが出来るんだけどな。「学校会議」という取り組みも
もっと評価されるだろう。

志度高校の職員にしてみれば「詳しい事情も知らん馬鹿がブログで何を勝手なことをほざくか」
と思っていることだろう。しかしな、取材を受けて放送されるというのはそういうことだ。
賞賛されることもあれば、誤解されるリスクも含む。視聴者は編集された情報の断片で判断する。

高校の打つべき手は、まず放送された会議の内容を速やかにホームページで公開することだ。
教育再生会議みたいに少々遅れてもいいから(笑)、詳細な情報を自らの手で発信せよ。
そういう積極的にオープンな姿勢も、貴校「学校会議」の主旨のひとつだろう?

その上で、俺に誤解があったなら訂正し謝罪もしよう。俺も教師だから、叩くのが目的ではない。
高校の職員も、生徒の稚拙さを逆手に取って提案そのものを足蹴にするのが目的ではなかろう。
会議を通して、正しい議論の進め方、上手な主張の仕方を指導するのが教育者の本分だから。

かわいそうな高校生たちにロッカーが与えられんことを、そして「学校会議」が
実りあるものになることを祈っている。

あって当たり前のものがないと、こんな不毛な騒ぎになってしまうとは。
しかし教育の地域差・学校差も、知れば知るほど大きくなってくる。なんだかなあ。


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前回からの続きで、教育の効率化について書いてみる。

ひとくちに教育と言うが、学習が教育の全てでないことは賢明な読者の皆様なら御存知だろう。
特に公教育の場合、俺達教師が授業以外の部分に注ぐエネルギーは非常に大きい。
いずれ書くが、生活指導や保護者指導、土日の部活から給食費の取立てまで、
一度でいいからエネルギー充填120%で授業だけに集中してやってみたいものだとつくづく思う。

伊吹文科相の「効率」発言は、真意は不明ながらとりあえず学習のみに限定されていた。
これでは教育の全体を見通して語ることはとてもじゃないが出来ないので、
文部科学大臣に代わって(笑)俺が補足をしておく。

さて、費用対効果の効率を上げるには、費用を削減するか効果を上げるか、その両方かだ。
このうち費用の方は、エアコンを設置しなかったり今だに明治以来の黒板を使っていたりで、
設備面で効率の追求は顕著である。朝礼を運動場でするなど工夫もされてきた。

公教育にぜいたくは敵だ(笑)

また、教育予算で最も大きな割合を占めるのは人件費。つまり教師の給料。
これを削るには、教師の数を減らしたり、パートやバイト(講師)に置き換えたりすればよい。
ただし、教育は製造業ではないので、人件費(教師の数)を削ると生徒一人当たりに行き渡る
愛(サービスの量)は減る。給料をどんどん減らせば教師になる者も減り質も落ちるだろう。
教育は人間相手の稼業なのでモノを作る様なわけにはいかない。

こういう感じで、民間に置き換えて考えられる話とは、またちょっと違うこともある。

学校では、夏休みや冬休み、年度末に工事が入って、突然設備が増えることがある。
予算が余ってエアコン設置なんておいしい話ではない。生徒が破壊した校舎の改修でもない。
今回のネタはスロープや手すり、トイレ、エレベーターなどバリアフリー関係の設備のことだ。
今時新設される学校では、そんなものはあって当然だが、古い学校にはこういう設備はない。
だいたい普通に通るのさえ不便な狭い扉を平気でつけるくらいだから、障害者への配慮など無い。

そういう学校へ、たとば松葉杖や車椅子の生徒が入学しようとするとどうなるか。

今時の公教育は、急遽別枠で予算をつけて、完全とは言えないまでも設備を追加する。
公立校に標準装備でエレベーターなどない。教師も生徒もいつも3階まで駆け上がっている。
そこへエレベーターを1基設置するのに、10万や20万円で済むと思う者はまさかいないだろう。
毎日稼動させるのに、電気代もメンテナンス代もかかる。
そのエレベーターは、車椅子の生徒が卒業したあと何十年も誰も使わないかもしれない。
脚の不自由な生徒がいない状況でエレベーターを稼動させたら、税金の無駄使いと言われる。

しかし、後の見通しも無くたった1人の生徒の為にこれをやるのが今時の公立だ。
それは効率がどうのこうのとは無縁の世界だ。

この状況で効率に言及できるならやってみろ

一般に私学は設備は整っているが、バリアフリー関係となると学校によって様々だろう。
私学では「あいにく今エレベーター設置の予定がありませんので…」と言われたら終りだ。
しかし今の公立は違う。設備だけでなく裁判沙汰になる前に人的支援もつけるのが今時の流れだ。
こういうことを引き受けるのは塾でも私学でもない。やはり公教育しかないのだ。

公立の根っこには避けられない非効率がある

それを避けたら公立の存在意義は消える。偉い方達はこのことをくれぐれもお忘れなく。
学習が云々はそれからの話だ。

そうか、設備に非効率的な金がかかるから教師には金かけられないんだ。
今度は学習面で「供給者の方にどれだけの努力があるか」も考えてみるのでよろしく。


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教育に市場原理を持ち込むという考えは、教育再生会議に限らずよく耳にする。
たとえば競争原理。受験で生徒間の競争があるのは当たり前だが、最近語られているのは、
学校間の競争、教師間の競争によって教育の質を向上させようというものだ。

これは確かに一部では当てはまる。私学では、学校そのものが経営抜きには成り立たない。
少子化で都市部では生徒の奪い合いになり、生き残りをかけて統合や提携も行われている。
制服やカリキュラムなど、生徒にアピールしやすい面で企業努力が必要なのは言うまでもなく、提供される教育の質を保つためには、教師の品質を上げることも重要だ。

ただし、こういう状況が公教育にもそのまま当てはまるかと言うと、それは違う。
まず私学は倒産したら困るわけだ。つぶれたら一族郎党路頭に迷う。もちろん生徒も迷惑。

公立はつぶれても教師は別に困らない

生徒数減少により廃校、で終り。そもそもそれ以外の理由での廃校はあり得ない。
生徒は不便になるが、教師は公務員なので粛々と他の学校に異動していく。
教師は県、市、町など自治体の職員だ。私学のようにその学校に雇われているわけではない。
たまたまその学校で勤務しているだけ。だから倒産のような危機感はない。根本が違いすぎる。
それを分かっていないと、ワタミ社長のように教育再生会議で勘違い発言を繰り返すことになる。

競争原理の他に、効率の追求という視点もある。

第4回 教育再生会議 議事録 p.21より抜粋
○伊吹文部科学大臣
国会でずっと審議をやっておりまして私が感じたことは、抽象的な言い方ですが、教育には効率の視点が欠けているということです。市場原理という言葉はあまり適切ではないと思いますが、国民の税金を預かって、義務教育に国と地方と合わせて10 兆円のお金を入れている限りは、そのお金を効率的に使うという意識がないとだめです。今は残念ながら効率は最後にどこで保たれているかというと、供給者側が努力をしているのではなくて、需要者側が、受験競争という形ですべて背負わされていて、供給者の方にどれだけの努力があるか。そこの効率を維持していくためにはフェアネスをはっきりと持っていかないといけない。今回の未履修の問題などを見ていますと、これは教育界の率直に言えば村上ファンドといえるでしょう。ありていに言えば。それをだれが、公正取引委員会という立場、あるいは証券取引委員会という立場で効率のフェアネスを維持してあげるかということを考えると、今の教育行政は責任の所在が明らかでない。


後半何を言ってるんだか良く分からなくなってくるが、まあ確かに金をかけているんだから、
それを効率よく使えというのは間違いではない。具体的にはどういうことなんだろうか。

「需要者側が受験競争という形ですべて背負わされていて」というところを見ると、
伊吹文科相が指摘しているのは、受験のため塾や予備校に金がかかって仕方がないから、
公立小中学校でもっと受験勉強をさせろということらしい。

なんだかピンとこないと言うか、本当にそんなこと世の需要者(保護者)が望んでいるのか?
そもそも競争させてでも高度な教育を受けさせたかったら、最初から私学に行かせるだろ。
有象無象魑魅魍魎のお子様がいっぱい来てる公立なんかに期待しないわな(笑)

俺が仕事をしている地域では、公立小学校の成績上位者は中学進学でほとんど私学に抜けて、
その残りが公立中学校に上がってくる。上は私学と相場が決まっているんだな。
金とアタマがあればとりあえず私学へ行く。その私学も全国レベルから地域密着型まで様々。
公立中学からの高校進学になると、下位の生徒は公立高校に行けなくて私学に行く地域もあるし、
私学公立入り乱れてその中から自分の成績に合わせて自由に選べるところもある。

こんな感じで、都市部では学校それぞれの特色で棲み分けが行われている。
受験産業も含めてお互いが共存していくには、多様なニーズに応えて多様なサービスが不可欠。
だからたとえ公立中学校でも、複雑な教育生態系の中で、自分の学校のポジションを
よく分かっていないとダメだ。どんな層の保護者・生徒が何を求めているかだな。

しかし、人口密度の低い地方では全く事情が違う。
学校を選ぼうにも、通学可能な範囲に公立中学が1校だけという地域はいくらでもある。
ひとつの学校がその地域の教育をすべて握っている。上も下もない。
地域の子供たちは、全員同じ小学校に通い、全員同じ中学校に上がる。
高校で初めて進路が分かれるが、選択肢は私学と公立それぞれ1校だけだったりする。

こういう地域と都市部と同列に語れるわけがない

いい悪いはともかく、事実、地域格差は圧倒的だ。
伊吹文部科学大臣がどちらを想定しているのかは不明。受験競争を持ち出してくるあたり、
都市部の話のような気もするが、地方では学校だけで完結するレベルの高い教育も必要か?
いや、そもそも地域格差など何も考えていないのかもしれない。

いちいち突っ込んでいても突っ込み甲斐がなさそうなので、「効率」というキーワードで
俺なりに思いつくことを書いてみることにする。もちろん義務教育公立校に限定しての話だ。
前置きが長くなったので、本題は次回ということでよろしく。

未履修問題が教育界の村上ファンドって、・・・やめとこ(笑)

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卒業式の季節だ。人生のひとつの節目として、学校生活のクライマックスとして、
あちこちで感動的な光景が繰り広げられていることだろう。

しかし、舞台裏では感動的な式に水を差すシーンを見かけることもある。

卒業式の前日、職員が帰った後、一人体育館に残ってごそごそと国旗の準備をしている教頭。
または卒業式当日、司会をしながらBGMのCDを一人で忙しくかけかえている教頭。

前者は一般の方々の目に触れることはないだろう。卒業式の舞台に掲揚する国旗を、
職員は誰も準備しないので、仕方なく教頭や校長が作業しているのだ。

後者はまず、音楽教師が国歌のピアノ伴奏を拒否するところから始まる。
ピアノの生演奏が無理なのでCDでかけようとすると、今度は放送担当教師に拒否される。
仕方なく、教頭が自分の横にCDやら機材を置いて、司会をしながらBGMを流す。

教頭は卒業式のDJか

挙句の果てにCDを間違えて、しんみり来る答辞の場面でお茶目な曲がかかって顰蹙をかう。
式当日、司会は教頭だったり教務主任だったり学年主任だったり、学校によっていろいろだが、
全体を統括するはずの校長教頭が、こそこそと裏方作業をやっている学校はいくらでもある。

さて世間一般の皆様方。あなたの職場の管理職はこんなことをしているだろうか?
学校以外で、こんなことしてて通用するわけないよな(笑)

管理職が機能しない組織なんてろくなもんじゃない

すべての学校がこうではない。しかし卒業式の朝、国旗が引きずり下ろされて舞台が乱れたり、
放送の配線が切断されたりすることもある。こういう破壊行為は、元々はサボタージュとか
呼ばれたんだろうが、今ではテロと言った方が分かりやすい。

これ、はじけた生徒や侵入した不審者の仕業じゃないぜ。やってるのは教師だよ教師。
それも一部の過激分子による突発的なものではない。組織によって後押しされた行動。
皆様よくご存知の、組織率鋭意下降中の絶滅危惧種、日教組だ。

さすがに今時こんなことが堂々と行われている学校は少ないだろうが(と信じたい)、
多少のつまらんイザコザは消えていない。
こういった内輪の愚行が、卒業式の参列者に見えてしまうのはプロとして実に情けない。
実際には、式の進行がなんだかぎごちないとか、曲のかかるタイミングが遅いとか、
全員起立する場面で職員席が妙にもたつくとかいった、ちょっとした現象として現れる。
参列者(保護者)には、さほど意識されることもなく式が流れていく。

もうそんなことやってる場合じゃないだろ

我が子の卒業を祝う保護者の方々に対して、そしてもちろん生徒に対して本当に失礼な話だ。
おのれの職業の本分を間違えているとしか言いようがない。
やる方もやる方だが、今までそれを粛清できなかった組織の体質もろくなもんじゃない。

この春卒業されるお子様を持つ保護者の方々には誠に興ざめな話で申し訳ないが、
卒業式で見かけるちょっとした段取りの悪さの裏には、こんな事情が隠れていることもある。

公僕たる教師が、国歌国旗に対する日本の作法を生徒に教えられないでどうするのか。
生徒達が成長して自分自身のアタマでものを考えられるようになったときに、基本的な作法も
知らなかったら、彼らはちゃんと判断できないではないか。何が国際化教育か。笑止。
こうしろと強制するのではなく、将来自分の判断材料となる経験を提供するのも、
教えるということのひとつの意義だと俺は思う。

うちの学校には税金喰らいのテロリストはいないから卒業式は安心。
だから式の進行が引っかかったら純粋なチョンボなので平身低頭するしかない(笑)


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