公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
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教育関係のニュースというと、呆れるのや悲しいのや情けないのや、ろくでもないのが多い。
しかしたまにはいい話もある。

小・中教職員2万1000人増 3年間で文科省計画(2007年8月24日 読売新聞)
 文部科学省は23日、2008年度から3年間で、全国の公立小中学校の教職員を2万1362人増員させる定員計画をまとめた。

生徒との時間を確保
 計画に沿って、来年度予算の概算要求で、現場教員のリーダーとなる主幹教諭や事務職員など、計7121人の増員を求める。教員が子どもと向き合う時間を確保するための措置だが、計画通り増員するためには、教職員定数の削減を規定した行政改革推進法(2006年6月施行)の改正が必要となる見込みだ。年末の予算編成に向け、財務省との折衝は難航が予想される。

 7121人の増員の内訳は、主幹教諭3669人▽事務職員485人▽特別支援教育の充実903人▽栄養教諭157人▽習熟度別少人数指導の充実1907人。文科省は来年度予算の概算要求で、教職員給与のうち国が3分の1を負担する「義務教育国庫負担金」について、対前年度比約1・8%増の1兆6957億円を要求する方針だ。

 さらに、年5000校を対象にした不登校の児童・生徒への対応などを行う非常勤講師の配置(約77億円)や、学校事務の外部委託のための地域での体制作り支援(約204億円)なども盛り込み、教員の負担軽減につなげたい考えだ。

 教職員定数をめぐっては、行政改革の一環として削減が求められている一方、政府の教育再生会議や与野党から「教員が多忙すぎて一人一人の指導に手が回らない」などと増員を求める声が出ていた。


教師の数を増やしてくれたらそれだけで教育が良くなると、今までに何度か書いてきた。
この予算案が本当に通れば、3年間で公立小中学校あわせてなんと21,362名増。
事務や栄養職員も含まれているが、それでも実に喜ばしいことだ。
口先だけの教育改革でなく、たとえ1人でもスタッフを増やしてくれるのに文句は無い。

一般の方はどう思われただろう。
「うちの子の学校も先生増えるのかな」「国もちょっとは教育に力を入れてきたのかな」

と、その前に。ちょっと待って欲しい。
全国に公立の小中学校がいくつあるか、皆様ご存知だろうか。

公立小学校 22,420 公立中学校 10,150 計 32,570校 (平成19年5月1日現在)
  --文部科学省 平成19年度学校基本調査 在学者数 参考図表1より--

32,570校に対して増員21,362名。簡単な算数だ。

実際は1人も増えない学校もあるのだ

そして都市部や大規模校では、2人増えるような学校もあるだろう。
そうすると増員されない学校はさらに多くなる。
各都道府県に対して、どんな割合で増員されるのか。政令指定都市が枠をたくさん取るのか。
例によって地方は割を食って放置プレイになるのか。
何にせよ、国民すべてがその恩恵を受けるには、まだまだ足らないというところだ。

悪い話じゃない。しかし手放しで喜べる規模でもない。
世間の皆様も、うっかり喜び過ぎないように気をつけていただきたい。

少しずつでもいいから、こういう実質的な対策が積み重なっていくことを祈るばかりだ。

簡単な算数なのに新聞四誌とも書いてない。ちゃんと書いてくれよ。
でないと、ぬか喜びした自分が悲しいから(笑)


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はじめて書き込みます。
日頃、興味深く読ませていただいています。
いつもシーザーさんの快刀乱麻な論調に賛同することばかりなのですが、ちょっと今回、(水を差すようで申し訳ないのですが)この増員計画については、個人的には反対です。
理由
・児童・生徒の数が減少しているのになぜ増員かというシンプルな疑問。
・公務員全体での定員削減を行う前提であれば、その他の分野がその分大きく削減される。(それらの分野よりも優先度が高いという理由があるのか)
・「教師が忙し過ぎる」という理由なら、そもそも、忙し過ぎる業務の中身を精査すべきでは。
特に、第3点目について、教師が以前よりも忙しくなった要因は何なのでしょうか。
少人数教育・教育内容の質的向上(塾に行かなくても良い)などの本業に関する前向きな話であればいいのですが、
実態として、本業以外への対応に忙殺されている面はないでしょうか。
たとえば、こちらのブログでもたびたび取り上げられているような、「給食費不払い親に対する取立て行為」「十分なしつけをされていない児童の親代わりしつけ」「モンスターペアレントに対する精神的に疲弊するような対応」「夜回りや犯罪を行った生徒の引き取り」等々。(ニュースに出てくる「障害を持つ子を是が非でも普通学級に入れようとする親」というのもあるでしょうか)。
 これらは本来の学校教育の範疇を超えた「過剰サービス」であり、これが「多忙」の主因なら、それをなくせば済むことではないでしょうか。
もちろん、教師側に問題があるのではなく、要求する親やマスコミのせいだということはわかりますが、それに「増員」という形で対応してしまうと、要は「泣いた子は飴を余計にもらえる」、それを前例にして、我侭な要求は歯止めなく増加してしまうのではないかと。
 結局、そのコストは税金という形でまともに納税している国民が払うというのは、「給食費を払わない児童の分を、払っている児童たちの負担で賄う」と同じ構図のように思います。
 むしろこうした実態を広く国民に知らせてもらった上で、あいまい・なし崩しに拡大している「過剰サービス」の整理を行い、国民のコンセンサスを得た上で、教師の皆さんが行うべき仕事を確定させることが必要かと。
 (なお、上記の「過剰サービス」でも、実際、必要とされるものはあるかもしれませんが、その場合であっても、「教師」ではなく、「専門家」に対応してもらうべきと考えます。「教師」は「何でも便利屋」ではないのですから)

と、偉そうに言って申し訳ないですが、思うところを率直に書かせていただきました。
【2007/08/28 Tue】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
過剰サービス…なくしたいけどそうもいかない…よね、最近は子どもより親の方が始末が悪いと思うことはたびたびありますもの。子供が少なくなっていますが、たとえば、運動会を見に来る父兄の数はものすごいですし、マナーもひどいもんだと思うんですけどね。
たしかに、何でも屋ではないので、専門家に面倒見てもらいたいですけど…その専門家だっていないですもんね。専門家に頼むまでのロスタイムも、教育の現場ではそれ程悠長に待てないし…。
僕は、増員、最初の一歩ではあれ、教育改革だの再生だのという中で、唯一現実てきな施策だとおもいます。もっともっと教育や介護には予算つけて、人を雇用すれば…その場しのぎの公共工事よりも長期的には日本経済を活性化させる結果にもなるから、いいと思いますけどね。人を育てる事は国を育てる事ですから、他の公務員より数的に優遇されるべきですよね。コンピュータが導入されて、事務手続きは簡素化されましたから…無駄に人間が居るのは別に社会保険庁ばかりじゃないですもの。
教育が充実して、今の子供たちが大人になったときに変わっていけば、教員を削減できる環境が生まれるかもしれないですね。
【2007/08/28 Tue】 URL // いわさき #- [ 編集 ]
いわさき様
>たしかに、何でも屋ではないので、専門家に面倒見てもらいたいですけど…その専門家だっていないですもんね。専門家に頼むまでのロスタイムも、教育の現場ではそれ程悠長に待てないし…。

仰ることはわかりますが、「とりあえず」「なし崩し」で対応していると、それが「当たり前」化して、変えることが困難になるように思うのですが。
また、モンスターペアレント対策での弁護士などの活用、未納金取立てのサービサー活用などの動きは既にあるものと思いますが。

>人を育てる事は国を育てる事ですから、他の公務員より数的に優遇されるべきですよね。

資源のない日本では、技術で世界の最先端を走り続けなければならないという意味でも、確かに「人材養成」こそ重要ですが・・・。
ただ、「他の公務員より優遇されるべき」とまで言い切れるのでしょうか。脳だけで人間が成り立つわけではないように、それぞれの方面でそれぞれ重要な役割を果たしているからこそ、社会が成り立っているのでは?

まして、「増員」の結果が、主として人材育成の質的向上に振り分けられるならともかく、現在の風潮のように、我侭な親たちの「要求」する「過剰サービス」が中心になるなら、有害無益なだけではないでしょうか。



【2007/08/28 Tue】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
虹の父様
本業以外の業務をなくせば済むことだとおっしゃっていますが、具体的にはどうやってなくせばいいのでしょうか?子どもにせよ保護者にせよ、相手は意志を持った人間です。こちらの思惑通りにはなってくれmせん。また、教師の本業は学習指導であるから、それ以外のことは知りません、と言ってしまえば、どういうことになるか、想像はたやすいでしょう。
私は、高校教員ですが、高校の定員は40人で良いと思っています。ただ、中学は30人。小学校は25人(できれば20人)そうして、人間として当たり前のことをしっかりと身につけさせて欲しいと思っています。
人の話をきちんと聞く、自分以外の人間にも人格があると言うことを自覚する、細かいことを言えば、ゴミはゴミ箱へ捨てる。トイレは休み時間に済ませておく、遅刻早退するときはきちんと断る、授業中は許可なく席を立たない・・・・こういうことすらできていないのが現状です。(高校生でも)これらをしっかり身につけさせるためには、一人の教師が見る(育てる)子どもの数を減らすことだと思います。教師の数を増やすのは、教師の負担を軽くするためではなく、ひとりひとりの教師がひとりひとりの子どもとしっかり向き合うためで、つまるところ、子どものためです。
【2007/08/29 Wed】 URL // ななこ #- [ 編集 ]
横槍すいません
シーサーさん、横からすいません。


虹の父さん

>(ニュースに出てくる「障害を持つ子を是が非でも普通学級に入れようとする親」というのもあるでしょうか)。

別に障害児を普通学級に入れることは
不適切とは言い切れませんよ。

障害といっても様々なもの
そして重度があるわけで
加配など工夫をすれば普通学級で過ごせるケースもあります。

もちろん我が子を「普通の子」
いわゆる健常児に近づけようとし
その結果障害児を苦しめてしまう親もいるのですが
普通学級で過ごすことができるというケースもあると
理解していただけると嬉しく思います。


ただ、虹の父さんの言うとおり
私立や塾よりも公立の方が体力があるのは
火を見るよりも明らかでしょうね。
【2007/08/29 Wed】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
たびたびで申し訳ありませんが
シーサー様、たびたびの投稿で申し訳ありません。
返答だけでも。

ななこ様
>教師の本業は学習指導であるから、それ以外のことは知りません、と言ってしまえば、どういうことになるか、想像はたやすいでしょう。
>つまるところ、子どものためです。

それはわかりますが、「子どものため」として、学校があまりに多くを抱え込みすぎていませんか。しかもそれが増えてはいませんか。親の役割をどこまで代替すれば良いのでしょうか。
分けることが難しくても、「一線を引こう」という意識がないと始まらないのではないでしょうか。

>人の話をきちんと聞く、自分以外の人間にも人格があると言うことを自覚する、細かいことを言えば、ゴミはゴミ箱へ捨てる。トイレは休み時間に済ませておく、遅刻早退するときはきちんと断る、授業中は許可なく席を立たない・・・・こういうことすらできていないのが現状です。(高校生でも)これらをしっかり身につけさせるためには、一人の教師が見る(育てる)子どもの数を減らすことだと思います。

それが実態だとすれば、ため息がでるばかりですね。家庭なり、幼稚園小学校で身に付けるべきことを、(仮にも試験を通ってきた)高校生が身に付けておらず、高校教師が手取り足取りですか・・・。

それが増員要求の主因なのであれば、(言い方は悪いですが)「子どもの質の低下に対応するために教師の増員が必要」とはっきり国民に説明すべきだと思います。

ダイ様
>>(ニュースに出てくる「障害を持つ子を是が非でも普通学級に入れようとする親」というのもあるでしょうか)。

>別に障害児を普通学級に入れることは不適切とは言い切れませんよ。

それは理解しているつもりです。だから、障害の度合いが大きいにも関わらず「是が非でも」普通学級に入れようとする親を指して書いたのですが。

その子の専任教師を常時必要とするほどのケースまで求められると、教師がいくらいても足りないのではないでしょうか。



【2007/08/30 Thu】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
今、そこにいる子どもたち
虹の父さん、がっつりと読み応えのあるコメントありがとうございます。
今日は私は休みを取りましたので、しっかりお返事が書けます(^-^)
ちなみに我々の本当の夏休みは5日間。まあ盆休み程度はあります。あとは勤務ね。

まず解説を。

>・児童・生徒の数が減少しているのになぜ増員か

生徒数が減れば学級数も減り、やがて学校は統廃合されます。教員数もそれにスライドして減ります。何クラスなら教員何人という定員(つまり予算)が決まっているからです。
実は少子化というのは、放っておいても自動的に必要経費が減っていくという、行政にとってはおいしい現象なんですね。
だから現場では新規採用が少ない状態が何年も続き、教員はどんどん高齢化し中堅層が手薄です。団塊世代の大量退職で、やっと新規採用が増えてきました。教員の平均年齢が下がれば、人数は同じでも支払うべき賃金つまり人件費は少なくて済みます。本当は予算が浮いてくるはずです。

今回の増員というのは、その定員の数に一部でプラスアルファしようという案です。

・増員計画の内訳

 主幹教諭・・・校長教頭に次ぐ中間管理職的存在。従来の学校は校長教頭、あとは全部ヒラです。
      だから教員の組織はピラミッド形ではなく鍋蓋とか画鋲とか言われています(笑)
      これをもっと円滑化して有効に動く組織にしようというものです。

 習熟度別少人数指導の充実・・・40人のクラスをたとえば20人ずつに分けて、きめ細かな指導を
              するための増員。数学の苦手な子集めて特訓とかも可能に!

 特別支援教育の充実・・・以前は特殊学級とか障害児教育とかいう言葉を使っていました。
           この形や枠も今はどんどん進化拡大しています。授業中に先生が
           もう1人いたら、授業についていけない子を助けられるとか。

 事務職員・・・給食費の取立ては無理でも、お金を扱う仕事をやってもらえたら、その時間を
      本来の仕事=子ども達の相手に回すことができます。遠足代集めて山積みの小銭を
      数える時間があったら、いったい何人の子ども達に声がかけられるか。

 栄養教諭・・・これはちょっと系統が違って、最近言われ始めた食育の充実です。
      直接子ども達の相手をするわけではありません。

いかがでしょうか。第一歩としては、なかなか実質的な線だと思います。
残念ながら直接的な過剰サービスの為の増員は含まれていないようですし、泣いた子に与える余計な飴と言えるほどおいしい増員とも思えません。あ、泣いた子って教師のことか!?

解説はこれくらいにして、虹の父さんのご意見、

>これらは本来の学校教育の範疇を超えた「過剰サービス」であり、これが「多忙」の主因なら、それをなくせば済むことではないでしょうか。

これは全くその通りです。書いてしまうと実に簡単、「なくせば済む」の6文字です。
どこまでが学校の守備範囲か線引きは難しいですが、何にしても、理想論ではなく現実問題として、それをなくすことがどれだけとんでもなく大変か。

公立学校が、夕方5時を過ぎたら私学のように留守番電話に切り替え、校外での出来事に一切
関与せず「地域と保護者に任せる」として、地域と保護者にその力があるのか。
たとえば夜回り先生の出番がなくなるような社会を、今の日本が作ることができるのか。

専門家に任せるべきだと思われる領域はいくらでもありますが、各分野で専門家と呼ばれる
人間がどれだけいるのか。いない場合は育成をどうするのか。そしてそれが職業として成り立つシステムを構築するのに、いったいどれだけの予算と時間が必要なのか。

そういった諸々の困難を解決するのは、たとえ国家事業としても簡単なことではない。
それに比べたら、わずかな増員でも改善できる部分があるなら、とりあえずやっとこうと。

たった一人の増員でも、我々教師にとってはどれだけありがたいか。

虹の父さん、ハンドル名からするとお子さんがおありかと思います。
たとえばあなたのお子さんの、小学校でのこんな場面を想像してみてください。

昼休みが終わるチャイムがなり、子ども達は一斉に教室に戻っていく。
そのとき、あなたのお子さんは教室に行かず、おずおずと職員室のドアをあける。

職員室には教頭が1人いるだけ。
担任は教室にいるし、校長と専科の音楽教師は、朝から校長室に入って保護者の苦情に対応。
「なんでうちの子は学習発表会でティンパニーをやらせてもらえないのか」という話が
延々3時間繰り返されている。午前中の音楽の授業はすべて担任に振り替えられている。
教頭は15分前から「下校中の子どもの態度が悪い」という匿名苦情電話の相手をしている。

教頭は、ちょっと待ってくださいと電話を保留にし、あなたのお子さんにたずねる。
「どうしたの?」「おなかが痛いの」「そうか、じゃ保健室の先生に・・・」
見てもらおうねと言いかけて教頭は言葉を切る。
養護教諭(保健室の先生)は、朝から別室登校している児童に付きっきりなのだ。
その子は、他の子とは顔を合わせられない状態で、登校すると教室に入らず別の部屋にいる。
いつもなら音楽専科教師が授業している間に、担任が順番に別室に行って相手をしている。
今日はアポなしでやってきたモンスターペアレントのおかげで、それができない。

教頭はインターホンで別室の養護教諭を呼び出す。
「すいません、今、○○ちゃん39度熱出てるんです。お母さんに電話したら、4時までパートが
 抜けられないから学校で見ておいてくれって言われたんで、今から病院に連れて行きます」
教頭はインターホンを置くと、
「保健の先生病院にいかなくちゃいけないんだって。おなかどう? トイレに行く?」
「ううん、もういい。なおった」あなたのお子さんはそう言いつつ、暗い顔で教室に向かう。
教頭は気にしつつ、保留にしていた電話を取る。「いつまで待たせるんだ!」怒鳴られる。

あなたのお子さんは、本当はおなかが痛いのではなかったかもしれません。
実はクラスでいじめられていて、教室に入るのが嫌だったのかもしれないのです。
もし職員室にもう一人教師がいてゆっくり話を聞いてあげたら、それが分かったかもしれない。

いかがでしょうか。たとえ3年後にモンスターペアレント対策の専門家が配置されるとしても、
今、目の前で助けが必要な子どもたちを救うことはできません。
でも、たとえ一人でも教師が増員されれば、明日からできることはたくさんあります。
今、そこにいる子どもたち。それが現場で子供達を預かって働く者の行動原理です。

エントリ1回分くらいのコメントになってしまいました。とりあえずここまで。
【2007/08/30 Thu】 URL // シーサー #gJtHMeAM [ 編集 ]
次女が3年のときのことです。
担任の女性教諭が、腰の痛みを訴えて手術を受けました。
その後のリハビリのため、年度の後半全てお休みになり、臨時講師の先生が入りました。
この女性教諭は大変にいい先生で、子供たちは安定していたのですが、臨時講師が受け持ったとたんに学級崩壊。
みかねた副校長が入るときにはおちつくのですが、講師が授業をすると、また崩壊。
子供って、恐ろしいほど人を見る目があるんですね(と、感心している場合じゃないけど・汗)。
もともとちょっと変わり者の次女は、しっかりいじめに合いました。

知人の子供が通っている小学校では、学級崩壊したクラスの担任が、年度途中に産休に突入。次に担任になった講師も、持ちきれずに止めてしまいました。
校長が、「保護者の中で教員免許をお持ちの方、いらしたら、このクラスを担任してください」と、お手紙を出したそうです。
つまり、区では余分の講師がいないということなんですね。

これ、文教地区で有名な都内*並区の話です。

長女が中学に入って一番驚いたのは、時間講師の先生が多いこと。
広報の役員だったので、先生全員の写真を撮るのが大変でしたよ(涙)。
それは冗談ですが、若い先生のほとんどが時間講師で、子供にきちんと向き合えるのかしらと不安になったことを覚えています。

なにがあっても、しわ寄せを受けるのは現場の子供たちなんですよね。

【2007/08/30 Thu】 URL // くーみん #- [ 編集 ]
以前、身体にハンデのある子を、保育園に入れて欲しいと裁判まで起こして通わせたという報道がありました。
就学適齢期になり、そのお子さんは小学校に進まれました。
このニュースを見て、軽い違和感を感じたことを覚えています。

確かに普通の環境に育てたい、という親御さんの気持ちもわかります。
でも自分が付き添えないなら、他人の手を借りるというなら、万が一のことがあっても騒がない、訴訟になど持ち込まないという覚悟も必要ではないでしょうか。
その信頼関係があるかどうか。
一番大事なのは、そこだと思います。
【2007/08/30 Thu】 URL // くーみん #- [ 編集 ]
>虹の父さん

「是が非」だけでは読み手に誤解が生じると思いましたので
そこのところを明確にしておく意図がありました。
ご理解していただければ嬉しく思います。

ただ、加配で対応できるのであれば
障害児が普通学級で対応すべきだと思います。
早くからレッテルをはられ自己評価の低下を招いてしまいますと
本来の障害とは離れた(現実はこちらの方が問題になりますが)
二次的な症状が出てきてしまいます。

公立学校は利益や実績のみに焦点を絞らないからこそ
できることがあるのもまた1つでしょう。
塾や私立とは違うのです。
それが嫌なら私立へ進学すべきです。


普通の子どもに近づけたい親とは全く異質で
これはその障害児のためにならない親心という点で問題なわけで
加配の有無が最も大きな問題なのではありません。
【2007/08/30 Thu】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
はじめまして。
平木さんのところではすれ違っていますね(笑)


>確かに普通の環境に育てたい、という親御さんの気持ちもわかります。
でも自分が付き添えないなら、他人の手を借りるというなら、万が一のことがあっても騒がない、訴訟になど持ち込まないという覚悟も必要ではないでしょうか。
その信頼関係があるかどうか。


ここ、どういう意味でしょうか?
「普通の環境」とは「健常者の環境」という意味ですか?

あと、「他人の手を借りる」とはどのような意味ですか?
他人とは教員を指すのですか?
それとも同じクラスの健常児を指すのですか?

ちょっと気になったもので。
【2007/08/30 Thu】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
>くーみんさん

俺の中の認識としては
健常児の親が「障害児がいると学習進度に問題が生じるので考えてほしい」ということと
障害児の親が「公立は利益や実績だけを追い求めるわけではないから障害児も広く受け入れるべきだ」ということは
同じであると思っています。

親は我が子のために、鬼にだってなるのです。

障害児の親に「訴訟を起こすな」と言うのであれば
健常者の親は「障害児を受け入れたクラスの学習効果を考えろ」と言うべきではありません。

どう思われますか?
【2007/08/30 Thu】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
>ダイさん
こんにちは。
早速ですが、
>他人の手
は、教員、看護婦、ならびに同級生たち(場合によっては上級生、下級生も含むでしょう、また、他の親御さんも)・・・・、という意味です。
>普通の環境
は、そうですね、健常者という意味です。

次女のクラスには、学習障害のお子さんがいます。
いろいろトラブルがあって、次女もたたかれたり巻き込まれたりしていますが、そのことで他の親御さんが学校に文句を言いに行くというケースは聞いたことがありません。次女が「またたたかれた」と訴えるときには、「そういう病気の子もいるんだよ」と言うようにしていますが・・・・。
現在6年生になり、その子もだいぶ落ち着いてきました。子供同士でけんかになったとき、その子が仲裁に入ったことを聞き、目頭が熱くなりました。

以前に住んでいた**県某市では、幼稚園はもとより、学校は健常児のクラスだけでした。私が通った学校では、その当時は「特殊学級」と行っていましたが、そのようなクラスがあったので、「?」と思ったのですが、この市では、そういうお子さんはすべて専門の学校に入れてしまうのです。ある意味、「隔離?」という気がしました。

長女が中学になるとき、都内に引越しました。その中学では「特殊学級」という呼び方ではなく、、「*組」という言い方をしていました。
運動会の時には、そのクラスと組んで徒競走などしますが、事前に子供たちには、障害についての説明がありました。でも普段の交流はないんですよね。それは残念なことだと思います。

障害児とともに暮らすことで、健常児の子供たちが学ぶ事も多いと思います。私は正直、障害のある人に自然に接することが出来ません。
かまえてしまう自分を感じます。身近にそのような人がいなかったからです。それは不幸なことだと思っています。
ただ、今の学校の建物の作り自体が、健常者を対象にしか考えていません。本当だったら、この部分から考え直すべき、と思うんです。
オトタケくんの母校、都立戸山高校はエレベーター完備でした。
ちょっと感動しました。

追伸)クラスの学習効果
公立小学校の学習レベルに、それほど大きな期待が持てるでしょうか?
上の例に挙げた某市の小学校では、ビデオを見せただけで授業をすませ、テストをしてしまう教師もいるそうです。
長女の担任は、中学まで見据えたレベルの高い授業をしてくれましたが、そんな先生は本当に少数です。
今の親は、勉強に関しては、かなり醒めていると思います。
【2007/08/30 Thu】 URL // くーみん #- [ 編集 ]
またまた追伸です、失礼します。

私が所属している剣友会には、普通に暮らせるけれども、微妙にちょっと違うかも・・・、というお子さんが何人かいます。

指導するときにはもちろんてこずりますが、そういうお子さんが防具をつけて一人前に稽古ができるようになり、試合も出来るようになり、しかも勝てたりしたときには、すごく嬉しいですよ~。

自閉症と診断され、中学では担任からイジメにあって転校した子がいます。彼は感情の制御が出来なくて、からかわれると逆上して暴力を振るったりしていたのですが、現在ではだいぶ落ち着いてきました。合宿では低年齢の子達の面倒をこまめに見てくれました。
子供には、育つ力があるんですね。

ただそれは、その子の状態を理解してくれる大人がいる、ということが前提なので、社会に出たときにはどうなるんだろうという不安はありますが・・・・。
【2007/08/31 Fri】 URL // くーみん #- [ 編集 ]
くーみんさん

>でも自分が付き添えないなら、他人の手を借りるというなら、万が一のことがあっても騒がない、訴訟になど持ち込まないという覚悟も必要ではないでしょうか。

すいません、この文章の背景が気になったもので。
どうして訴訟に持ち込んではいけないのか
素朴な疑問だったんです。
健常者の子どもだって他人の手を借りるでしょう。

障害者は少数派ですから
多数派に理解してもらうのは困難です。
健常者と障害者の「当たり前」は違いますから
少数派の障害者がやむを得ず訴訟という手段を使うのも
理解できるんですよね。

あと、「普通の環境」に関しては
早い時期からラベリングされてしまうことは
自己評価の低下を招いてしまい
その子の能力の開花を妨げてしまいます。
ですから健常者の中で過ごすことは
その子にとって意味があることだと思います。

ましてやADHDなどは年齢を重ねれば
ある程度障害と折り合いをつけることも可能です。
加配で対応できるのであれば
俺は加配で対応すべきだと思います。
公立とは本来そういう現場であるべきです。


何でも専門機関へ丸投げする姿勢は
「責任」という大義名分の旗を掲げて
結局は自己保身に帰属するのではないかと思います。
そういう教員は教育ブログを見ても多いでしょう。

もちろん、ここのブログ主シーサーさんは
かなりの大物だと思いますけどね(笑)
【2007/08/31 Fri】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
くーみんさんへ【追伸】
>社会に出たときにはどうなるんだろうという不安はありますが・・・・。

障害者には障害者の文化があります。
健常者とはまったく異質な文化が。

健常の世界を世界を潔しとせず
障害と健常の世界の同化を否定する人は多いです。

障害者同士の子どもが健常者だった場合
健常でよかったと親は喜ぶと思いますか?
実は、歓迎しない親も多いと聞いたことがあります。


障害者が社会に出て困難な理由はシンプルですよ。
健常者が無意識に自分たちの世界を押し付けてるからです。
障害学とは、そういうところに原点がありますからね。
【2007/08/31 Fri】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
もう一度だけ書かせてください
シーサー様
丁寧な回答をありがとうございました。
まず、少子化の進展に伴って、教師自体の定員がどんどん縮小されていたのですね。
また、増員要求の中身を教えていただき、「本業外(過剰改め)サービス」に対応するためというわけではないと理解しました。
ただ、懸念するのは、そうして確保した増員分がなし崩しに本業外サービス対応に振り分けられてしまうことですね(会社などでも目にすることなので)。

「今、学校は大変なのだから、時間のかかる改革より、とにかく増員を」という話は、現場にいる人の切実な声だと思います。
ただ、「今、苦しんでいる病人には、体質改善よりも輸血を」というのは国の財政議論でもよく出る話ですが、その結果、国の財政赤字がここまで膨らんだように、往々にして「輸血」前提の体質となり、「体質改善」は行われにくいのも現実かと。
目の前の「子どものために」やむを得ずしたことが、「わがまま親」の既得権益と化して、さらに多くの問題を引き起こすことは、「給食費・保育料未納」などに端的に現れているように思います。
(給食費不払いも突然広まったわけではなく、「給食費不払いでも子どものためには給食を出す」という善意を逆手にとった「払わなくても問題ない」という学習をしてしまい、それが広がったものと推察します。)

学校生活のシミュレーションを提示いただきましたが、確かに気のめいるような話ですね。
しかし、まさに「本業外サービス」が、本業がごとくに徹底的に行われて、「真面目に授業を受ける子どもたちが犠牲になる」という悪夢、だからこそ今のままで進んではいけないという警句とも読めました。
そこに一人の教師が増員されたからといって解決するのでしょうか。
むしろ、校長以下教師が一団となり、常識ある普通の親と連携しながら「一線」を定め、「本業外サービス」を減らすことの方が早いのではと思いました。
たとえば、給食費不払いは「差し押さえしますよ」、いじめをやめなかったら「自宅謹慎」、非行があったら「警察・親へどうぞ」、長時間の苦情には「授業がありますので」、執拗な苦情には「出るところに出ましょうか」等々。
民間企業であればそれで済む(済ませないとやっていけない)ことが学校では許されないのでしょうか。
許されないとしたら「誰が」許さないのでしょうか。
世間は許すと思います(たとえば、給食費不払い問題について、「国民」の多くが学校に毅然とした態度で臨むことを望んでいるという結果があったかと)
それとも、実は、教師自身が「子どものために」そうした「本業外サービス」を行いたいと考えておられるのでしょうか。
万一、そうだとすれば、私の不明を恥じるところですが、教師が望んで「本業外サービス」に注力されるのであれば、教室で授業を待っている我が子がかわいそうですから、不本意ながらも私自身が「モンスターペアレンツ化」して「学校の本分である授業をしてくれ」と言わねばならないでしょうね。

蛇足ですが、私は「金八先生」が嫌いです。
「生徒を決して見離さない」という美談仕立てにしてはいても、結局、一部の問題生徒にかまける分だけ、普通の生徒をないがしろにしているように思えたからです。
授業中に教室を飛び出した生徒を先生が追いかけようとして、「先生、授業をしてください」と生徒たちが言うと「お前たちはアイツが心配じゃないのか!クラスメイトじゃないのか!」と怒鳴りつけて、教室を出て行く。そのようなシーンをみて、子ども心にも「なぜ?」と思っていました。

以上、大変長々と書かせていただきました。
教育の素人の分際で、失礼で的外れの話をしていたとしたら、誠に申し訳ありません。今後は分をわきまえます。

来週から新学期ですね。学校でのご活躍を祈念いたします。
【2007/08/31 Fri】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
感謝>虹の父さん
私の説明で、現状が多少なりともご理解いただけたら幸いです。

本業外サービスの整理ですが、これは私学ではとうの昔に出来ています。
「民間企業であればそれで済む」というのは私学にはきっちり当てはまります。
そうやって整理され切り捨てられたものの受け皿になっているのが公立学校です。

いろいろな理由で私学からこぼれてきた生徒や保護者が公立でも問題を起こすのは、
何度も目にしてきました。公立でも同じように整理していくのなら次の受け皿が必要です。
そしてそれは学校であれ他の施設や組織であれ、公共の受け皿でないと誰も引き受けません。

今までは「国民の税金で運営されている公立学校や公僕たる教師は、文句を言わずに全て引き受けろ」という風潮がありました。許さなかったのは半分は世間のプレッシャーです。
それが、虹の父さんのような民間の人から「世間は許すと思います」という言葉を聞くと、それこそ一筋の光明のように勇気づけられる思いです。

特別支援教育は、コメント欄で派生した話題として言葉を交わすには大きすぎるテーマです。
ダイさんやくーみんさんからもコメントをいただいているのですが、またの機会にということで、今回はここまでとしますが、私のスタンスを少しだけ書いておきます。

公立学校でこそ採算も効率も度外視して特別支援教育を充実させていくべきです。それができなければ公教育とは言えません。実際に、以前とは違った進化した形で充実が進められています。
それは普通教室の中にも障害を持った子がうまく一緒にいられる方向です。その潮流が嫌なら公立以外を選択するべきでしょう。競争原理で全てが解決できると妄想している連中には、まったく縁のない話です。

ということで、今回大変有意義なお話ができて感謝しています。
外の人、民間の人にどのように見えているか、というのは私の重大な関心事です。
現状を分かりやすく解説して外の人に伝えるのが、このブログのテーマでもあります。
また興味を引く話題がありましたら、忌憚のないご意見をお願いします。

P.S. 金八先生ね(苦笑)あれはただのドラマです。「違うよ~」って最後まで見てられない。
たまにあれに憧れて教師になった人がいますが、気の毒だなあと思います。現実とのギャップ。
まあドラマやアニメに憧れて、というのはどの世界にもありますけど。
【2007/08/31 Fri】 URL // シーサー #gJtHMeAM [ 編集 ]
いや~、このブログのコメント欄が盛り上がるなんて
本当に珍しいですね(失礼!!笑)

有意義な話ができたことを
この場を借りて感謝申し上げます。
【2007/08/31 Fri】 URL // ダイ #- [ 編集 ]
お礼を申し上げます
シーサー様
勝手なことを書いたにもかかわらず、再度丁寧なご返答をいただき、
誠にありがとうございました。
現役教師の立場でのお考え、大変参考になりました(教師の皆さんは「金八先生」が好きかと思っていました。失礼しました(ペコリ)。)
「世間~」の件はほとんどの親はそう思っていると信じていますし、
少なくとも私は応援します。

改めてお礼を申し上げます。
お言葉に甘えて、また参加させていただきたく。
よろしくお願いいたします。
【2007/09/01 Sat】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
>シーサーさま
管理人さん不在のまま、爆走してしまい、申し訳ありません。
>ダイさん
レスつけていただいて、うれしかったです。
いろいろな角度からの意見や知識を知りたいので、ブログにお邪魔するわけですから。

これからもみなさま、よろしくお願いいたします。
【2007/09/01 Sat】 URL // くーみん #- [ 編集 ]
ご意見を頂いた方々
すみません。
遅くなりましたが、ご意見を頂いた方々、ありがとうございました。
【2007/09/01 Sat】 URL // 虹の父 #- [ 編集 ]
落ち着きましたね。
いや、なんか話題が障害児と普通学級まで波及してしまい…知的障害者授産施設で指導員をしていましたので、これについても思うところが無くはなかったのですけど…ま、いずれにせよシーサーさんが上手くまとめてくれるだろうと傍観しておりました。
ココで一応の区切りがつきましたので、次のコラムを楽しみしています…なんて言っているうちに、新学期が始まっちゃいましたね。また忙しくなりますね。でも、楽しみにしています。
【2007/09/02 Sun】 URL // いわさき #- [ 編集 ]

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