公立中学校教師の辛口教育コラム。一般の方に分かりやすく心がけてます。真面目なだけのセンセは服用に際して十分ご注意下さい(笑)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
団塊世代の大量退職による2007年問題。これは学校でも同様だ。

なにしろ教師の平均年齢が50歳に近いような学校まであったくらいで、こうなってくると
おっさんおばはんの集まりというかジジババも混じっていて、加齢臭漂う職員室となる。
俺も堂々たるオヤジなので人のことは言えないが、最近では職員室の空気も変わってきている。
以前は煙草くさく、休み時間や会議中などもうもうと煙っていたが、社会的に禁煙が進んで
学校で煙草を吸うのは生徒だけだったりする。おかげですぐバレる(笑)

さすがに最近は新人もぼちぼち増えてきて、世間と同様、世代交代が進みつつある。
しかし年齢的に中間層が薄いのも世間と同様で、本来後輩の指導者となるべき教師が少ない。
それに加えて中堅は多忙ときているので、わざわざ別枠で新人研修担当の教員をつけないと
新人に基本的な技術を教える暇もなかったりする。

俺が新人の頃、身近に大勢いた先輩教師は団塊の世代だった。
今ほど多忙でなかったこともあり、仕事が終わると集団で街へ繰り出すことがよくあった。
「シーサー君、どう。ちょっと一杯行かないか?」
明日の授業準備があるのにと思いつつ、断りきれず一緒についていく。
居酒屋やスナックでワイワイ吼えながら、仕事の話もあれこれ教えてもらった。

夜、職員室に残って仕事をしていると、スーパーから電話がかかってきて、万引き生徒を
引き取ってくれという。担任はとうに帰ってるし、新米の俺が出て行ってもよく分からない。
「ちょっと替われ」年輩の教師が何やら話していたかと思うと電話を切り、今度は駅前の
雀荘に電話をかけた。
「あーもしもし。そっちに○○中学の××先生いませんか。・・・あ、わし。おい仕事だ。
 すぐスーパー行け。面子は? あーついでだ、4人で迎えに行って来い」

当時は携帯電話はなく、今となっては懐かしい光景で、こんな状況はもう起こらないだろう。
第一、ふだん仕事帰りにどこかへ寄って遊ぶ余裕なんかない。
みんなで一緒に街へ繰り出してというのが団塊世代のスタイルだったのだ。
仕事も娯楽もみんな一緒というパターン。

で、組合。世間の皆様が言う日教組。教師は全員日教組だと思っている人が時々いるが、
現在では組織率(加入率のこと)は30%を切っている。教師10人のうち3人以下ということだ。
だから教師と見ると「この日教組がぁ!」とか言って無差別に石を投げたりしないように(笑)

俺が若い頃はこんなに少なくなかった。特に俺の地域では組織率が8割に届く勢いだった。
こういう職場では、組合に入るかどうかの選択の余地は、事実上ない。
新任で教師になると同時に、組合に加入するのが当然のように扱われて勧誘される。

仕事が終わった後、居酒屋につれて行かれて、酔いが回ってきた頃に、
「なあシーサー君。きみ当然組合入るよな?」先輩教師が俺の肩に手を回して言う。
「はあ。まあ、どうしようか考えてますけど」
「どっかの党員じゃないよな? だったら、この仕事するなら当然組合入らなきゃ」

もう有無を言わせない雰囲気だ。組合に入らないと仕事も教えてもらえないような勢いだ。

当時、組合員でない教師は組合員から「非組(ひくみ)」と呼ばれていた。非組合員の略。
俺は新米で経験もなかったが、この言葉の響きと使われるニュアンスに寒気を覚えた。

非組って、まるで非国民じゃないか

「ヒクミの人って、○○だから…」と、職員室でひそひそ小声で話す教師達。
その排斥力はものすごいものだった。
自分達の結束(団結力)を確認し強化するための、暗黒面のフォースだ。
日教組が忌み嫌った差別の歴史にいくらでも出てきそうな状況を、自ら作り出していた。

組合に入るよね?という勧誘は、もし入らなければ君もヒクミだよという脅迫でもあった。
とにかく、大学を出たばかりの特に思想も持たない新人にとって、抗いがたい圧力だった。

俺は、団塊の下の、俗に言うウルトラマン世代である。子供の頃にテレビで見た激しい学生運動への反発で、思想や政治活動へのアレルギーすらあった。大学でも一部学生運動の残滓は
あったが、すでに主流ではなかった。遊ぶ方に忙しかった。パブでボトルキープ、とかな。

教師になって、組合に入る積極的な動機はなかった。出来る限り様子見をしようと思っていた。
しかし、職場の雰囲気が拒否を許さなかったので、俺はとりあえず加入を承諾した。
「これで君も我々の仲間だ」握手を求めてくる先輩教師に、俺は作り笑いを返した。

そしてそのときから十数年間、毎月約1万円の組合費を給料から天引きされ続けることになる。
当時、初めてもらった給料が、手取りで11万と少し。
その1割を取られるのは、アパートで一人暮らしの俺にとっては痛い出費だった。
ちなみに組合費は年齢に関係なく一律。月給40万のベテランも11万の新卒も同じだった。

この話、1回では書ききれない。次回に続く。

▼座布団1枚!と思ったらクリックよろしく
FC2ブログランキング にほんブログ村 教育ブログ
スポンサーサイト
ひぇー
ボクも随分誘われました。
うちの地域は早くから組み合いつぶしが盛んだったみたいで、
ボクが採用されたときには、
すでに組合率が5割切っていたかと。

食事に誘われたり、
今の現場についてどう思うかとふられたり、
はたまた
うちの娘と会ってみないかと言われたりしましたよ。

その裏では、校長室に呼ばれて、
「誘われるだろうから、常識的な判断を」
と釘をさされましたね~

結局、組合費がネックになって
拒み続けていたら諦められました。

結婚するのが、そこそこはやかったので
金がなかったのです。

それに、当時大流行の同和問題が
肌に合わないのもあり。

普通に、賃金闘争だけやってくれていたら
諸手を挙げて参加していたんですけどね。

しかしながら、当時の学校の
(組)の先生たちは、常識的な人が多くって、
非組だからといって、
いじめられたことはありませんでしたよ。

あー。いたいた。1人いた。非常識な人。
理不尽なことを職員会で叫んだ後に、
おなじ(組)の先生のところにかけよってきて、

「どうして、わたしに賛同してくれなかったの?
 あんまりじゃない?何のための組合よ」
といきり立っていたオバチャン。

それって、マインドコントロール失敗か?
って怖くなりましたね。

職員会議に根回しが必須だった懐かしい頃の思い出話です。
【2007/06/29 Fri】 URL // 握ボン #- [ 編集 ]
やっぱり組合率が半数超えると、おごりが出て傲慢になるんでしょうね。
半々だと共存とか遠慮とか、勧誘も真面目に考えるでしょ。
8割なんて加入して当然の世界で、自分の立ち位置も選べない状態です。
衰退していった原因はここにもあるんでしょうね。詳しくは続編にて。

「うちの娘と会ってみないか」 ああ、懐かしいなあ、これ。
先輩のおばちゃん先生に、うちにご飯食べにおいでって言われて尻尾振って行ったら、なぜか他の学校の若い女の先生も来ていて。
「あっ、これお見合いじゃん!」って気づいたときにはちょっと感動でした。

ちなみに今の奥さんは自力でゲットしました。つーか大学一緒。
職場ロマンスもちょっとぐらい経験しとけばよかったかなと、
ちょっぴり後悔する今日この頃(笑)
【2007/07/01 Sun】 URL // シーサー #gJtHMeAM [ 編集 ]
はじめてもらった給料は、手取りで9万でした。(辞令では11万だったかなぁ)
懐かしい話でした。
【2007/07/04 Wed】 URL // いわさき #- [ 編集 ]
今の新任は手取りで20万はありますよねえ。
昔と比べて実質的にどうなのか、よく分からんです。
もう民間では終身雇用が崩れてるし、昇給も査定も中間管理職(?)もいろいろなんで、今までの基準で判断できないし。なんだかな世の中です。
【2007/07/04 Wed】 URL // シーサー #gJtHMeAM [ 編集 ]

管理者にだけ表示を許可する
http://edupoison.blog53.fc2.com/tb.php/93-c25be824
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
// HOME // 
Powered By FC2ブログ. copyright © 2005 教育毒本 all rights reserved.
プロフィール

シーサー

著者:シーサー
公立中学校教師

最近のコメント
最近の記事
カテゴリー
最近のトラックバック
月別アーカイブ
メールフォーム

著者宛メールはこちらから

ブログ内検索

RSSフィード
リンク
FC2カウンター

 FC2カウンター
現在の閲覧者数:

ブログランキング参加中

記事が面白かったら…
に

ほんブログ村 教育ブログへ クリック!
お願いします

広 告



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。